13話 開花

 数日前、信也しんやたちがくろに襲撃された翌日。


 花守はなもり かなめの人生において、一世一代いっせいいちだいの大事件が起きた。


 まだ早朝だというのにS高校では大騒ぎになっている。


 半壊した校舎。斬り倒された松の木。


 登校していた要を含めた生徒たちは急遽、体育館に集められ先生方から状況説明を受けていた。


 警察も既に到着しており生徒から聞き取り調査を行っている真っ最中だ。


 宇宙人からのメッセージだとかテロリストの仕業だとか、生徒たちの間では様々な噂が飛び交っている。… ただ、要のクラスだけ噂の内容が異なっていたのだ。


 なせか転校生である水姫みずきに夜の学校で襲われる夢を見た、という噂で持ちきりになっていた。


 夢の内容は夜の学校で水姫から、いきなり腹パン、お姫様抱っこ、コブラツイスト、肩車をされるなど人によってばらつきがある。


 中には水姫が運命の人だと叫んでる女子生徒もいる始末。


 かくいう要も例の変な夢を見た女子生徒の一人であるが、彼女の場合は水姫ではなく信也に助けられる夢であった。


 要は噂に踊らされる他の生徒を引きで見ながらも、自分の運命の人は信也に違いないと、似たような結論に辿り着いていた。


 要の信也に対する当初の印象は、授業中も突っ伏して寝ていている。起きてても愛想が無いと、あまり良いイメージを持っていない。


 ただ、最近、友人である真依と仲が良いことを知り、自然と信也のことを目で追うようになっていた。


「今日はせっかく生司馬いくしまくんに声を掛けてみようと思ったのに…、学校がこんなことになってるなんて」


 半壊した校舎で授業を再開するのが難しいのと、警察の捜査や生徒の安全確保も兼ねて、生徒たちは少し早めの夏休みを迎えた。



 ー数日後ー

 S高校半壊事件は、連日、全国ニュースでも取り上げられており、ワイドショーではテロではないかとの見解もでている。


 日本でテロなんて馬鹿らしいと思うかなめであったが、どのチャンネルでも同じような内容を取り扱っていた為、テレビを消して居間のソファーに寝転んだ。


 要は、いつの間にか眠っており物音で目を覚ました。居間の中を見渡すと要の両親が大きなキャリーバッグに衣類などを詰め、何やら身支度をしている。


「あれ…パパたち何処かに行くの?」


「要、ようやくの起きたか。これからパパたちは野鳥の撮影に行くんだよ」


「まったく、撮影するのはパパだけでしょ。私はパパがいつ行方不明になってもいいように待機しているだけだから」


「もうママったら。僕の事が心配なんだね」


「パパがいなくなったら我が家の収入源がなくなりますからね」


「そんな冷たいママも好き」


 要の両親は、いつも通りの夫婦めおと漫才を繰り広げている。


 要の父親はカメラマンで野鳥の写真集を出しており、母親が専業主婦。


 これで花守家はなもりけの生計が成り立っているのだから、そこそこ稼げてるのだろう。


「要、ママたちは向こうで一泊するからね。お金あげるから好きな物でも食べて過ごしなさい」


「ねぇねぇ。その旅行、私もついてっていい?」


「むっ、要。パパたちが行くのは旅行ではなくあくまで仕事だからな。そこのとこ履き違えないように」


「要がそんな事言うなんて珍しいわね。今回、行くところはA樹海よ。あんなところ、なにも楽しいものなんてないわよ」


「それでもいいの。なんか気分転換したい」


 そんなこんなで、要は車に揺られA樹海手前の旅館に到着した。


 父親が旅館に連絡すると、宿泊人数の追加を快諾してくれた。


 最初は乗り気だった要も、旅館を前にして既に来たことを後悔し始めている。


 昼間だというのに辺りは薄暗く、木製の寂れた旅館に苔や植物のつたが絡み付いていた。


「もしかして…ここに泊まるの?」


「だからパパたちは遊びに来たわけじゃないんだぞ、A樹海から一番近い宿泊施設がここだったんだから仕方ないだろ」


「急な人数追加が大丈夫だったのは他にお客さんがいないからじゃないの?」


 要は少しふて腐れながらも旅館ののれんをくぐると、そこには女将さんらしき人物が出迎えてくれていた。


 挨拶もそこそこに、旅館の女将さんに予約確認を取ると花守家一行は今晩泊まる部屋へと案内された。


 外観とは異なり、内装は清潔感があり趣が感じられる。昭和を思わせる木製家具は、どれも手入れが行き届いており茶黒く塗られたニスが光り輝いている。


 客間に案内されると早速さっそく、野鳥撮影の準備に取り掛かる父親と母親を横目に、要は何故か外が気になっていた。


「ママ、少し外に出てくるね」


「わかった。気をつけていってらっしゃい。迷子にならないでね」


「迷子って、小学生じゃないんだから」


 旅館の目の前にA樹海があるのね。こんなところにお客さんなんてくるのかな?

 

 要がそんなことを考えていると、樹海の中に人影が見えた気がした。


「旅館のスタッフさんかな?」 

 要は恐る恐る人が見えた方へと近付く。


 木々の間を覗き込むとそこには黒い人影が何人も立っていた。要は驚きのあまり後ろへ仰け反り、尻もちをつく。


「いたたたた」


 痛みで怯んでいると木々の間から黒い人影がい出てきた。


「嘘でしょ…なにこれ」 

 要は恐怖のあまり体を動かせないでいる。


 黒い人影は比喩表現 ひゆひょうげんなど何ではなく本当に黒いのだ。


 辛うじてシルエットで人だと判断出来るが、体が暗闇に包まれている。


 人影が要の目の前まで迫っている。

「どうしようヤバい…」


 そう思った瞬間、要の周囲に花びらが舞った。


 一瞬、人影の動きも止まる。


 花の香りに後押しされるように、自然と要の体に力が入る。


「何これ…、よくわかんないけど逃げなきゃ」


 要は慌てて振り向き旅館へと戻ろうとするが、突然木々が伸びて旅館を覆いだした。


「パパ、ママ…どうしよう」


 黒い人影の群れも旅館へと向かっている。


「やめて!」


 要が叫びながら、旅館に向かって手を伸ばすと、旅館に花とつたが更に絡み付く。


「これって、朝顔あさがお?」


 人影の何人かが要に迫ってきている。


 そこからはどこを走って、どうやって逃げたのかわからない。


 気が付くと要は信也に助けられていた。

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