12話 思わぬ再開

 同時刻、信也は空へと立ち昇る赤い煙を目指し、手近な煙の元へと向かっている最中であった。


「くそっ!一旦、地面に降りると煙の位置がわからなくなる」


 信也は位置がわからなくなっては木に登って降り、わからなくなっては登って降りるを繰り返していた。


 効率の悪さに苛立ちを覚えながらも、真依まいを見付ける為、信也は余計なことは考えないようとかぶりを振る。


 ふと、薄暗い樹海の中で、自身のてのひらが赤く発光していることに信也は気付く。そこには、方位磁針の針のようなものが浮かび上がり一点を指し示していた。


 すぐに特殊な発煙筒の作用だと察した信也は、矢印の指し示す方向へと駆け出す。


「きゃ~!」

 突然、樹海の中にこだまする叫び声。

 こんなこと前にもあったなと信也は変な感慨に浸りながらも、悲鳴の出所へと駆けつける。


 そこには、黒い影が何かに群がっていた。


「真依!」

 信也は黒い影を手当たり次第、殴り飛ばし蹴散らすと…そこにいたのは真依ではなくどこか見覚えのある少女であった。


 少女は震えながらうずくまっていた。


「あれ?キミは確か…」


 小柄な少女は信也の声に反応して恐る恐る顔を上げた。


 …しばしの沈黙が流れた。


「あれ、…もしかして、生司馬いくしまくん?」

 見覚えのある少女は突然、信也に抱きつく。


「ちょっ!落ち着けって…もう大丈夫だから」

 女性慣れしている男性であれば優しく声を掛けながら肩を擦るのだろうが、同様の対応を求めれるほど信也の経験値は多くなかった。


 こんなこと前にもあったなと思い返しながらも、信也は少女を引き離し、改めてその顔を良く見る。


 林檎の輪郭を思わす髪型の小柄な少女は、涙で顔をくしゃくしゃにしていた。


「もしかしてかなめさん?」


 くろに襲われたあの夜も、はっきりと顔を見た訳ではないが、そもそも信也しんや真依まい以外で、記憶に残っている女性は悲しい事に要ぐらいのものだった。


 要は涙を拭い呼吸を整えてから言葉を切り出す。

「信也くんありがとう。また私を助けてくれたんだね」


「そんなことより要さんは、どうしてこんなところに?」


「ええっと…夏休みに入って家族で旅行に来てたんだけど…。A樹海近くの旅館に泊まって散歩していたら、黒い影が…突然。そしたらいきなり旅館が森に囲まれて…必死で逃げて」


「やばいよ!お父さんとお母さんが大変。どうしよう、どうしよう」

 要は混乱していて、話も容量を得なかった。


「落ち着いて要さん。お父さんとお母さんはオレが何とかするから、取り敢えず一旦、樹海を出よう」


 信也は真依の事も心配だったが、要を連れたまま捜すにはリスクが高いと踏んだ。


 そう結論づけたはいいものの、自分の位置すら分からない現状に正直お手上げの信也であった。


 どうしたものかと考えあぐねていると、突然、周囲の木々がうごめきだす。


 突如、木々の隙間から無数の黒い人影が這い出てきた。


「きゃあ!また来た」


「まずいな。これだけの数を要さん守りながら捌けるか?」


「要さん、急いでオレの後ろに」

 そう言うと、要は、慌てて信也の後ろに隠れ、背後からシャツを掴む。


 信也は要を巻き込まずに、干渉力を顕現しようとイメージを固め、干渉力を周囲に拡げるように絞り出す。


 信也が左右に両手を振り払うと白い霧がほとばしる。


「どうだ?」

 信也が背後を見やると要は身を縮めているだけで、巻き込んではいないようだ。


 すぐさま周囲を見渡したが、黒い影は健在で信也たちのすぐ側まで来ていていた。


「ダメだ…要さんを傷付けまいと、干渉力を弱めすぎたか?」


 信也は一網打尽を諦め、黒い影を一体一体、確実に拳で仕留めていく。


「きりがない!黒い影の処理が追い付かねぇ。オレは大丈夫だが、このままだと要さんがヤバい」


 信也の背後で、要は震えながらうずくまっている。


 黒い影の手が彼女に触れる寸前だ。

 慌てて周囲の黒い影を殴り飛ばすが、間に合わない。


「くそっ!やめろ!」

 信也の叫び声も虚しく要さんは黒い影に呑まれていく。


 そんな時、巨大な何かが黒い影ごと要を丸呑みにする。


 信也は急ぎで周囲の黒い影を処理して、その巨大な何かを見やる。そこには驚くことに、数メートルはあろうかという巨大な大蛇だいじゃが信也たちを見下みおろしていた。


 大蛇は口から丁寧に何かを吐き出し、地面に置いた。


 吐き出されたものは、蛇の唾液でベトベトになった要であった。


「うげ~!何これ…臭いしベタベタする」


 要は起き上がり体の唾液を振り払う。

 どうやら怪我はないようだと信也は安堵のため息をつく。


「この大蛇はいったい何なんだ」

 信也の疑問はすぐに解消されることとなる。


「すまんのお、咄嗟とっさやったから勘弁してぇや」

 大蛇が煙のように消えると、そこには蛇顔の青年が立っていた。


「あんたは…確か高橋たかはし!」


「誰が高橋たかはしや!ワシの名前は蟒蛇うわばみや。よりよって、郡山こおりやまの坊が間違えた方の名前で覚えよってからに」


 ツッコミの勢いはいいが、蟒蛇うわばみの足元はふらついていて、立っているのがやっとのようだ。


 蟒蛇うわばみ体には以前会った時には付いていた、左腕が失くなっていた。


「蟒蛇さん、その腕…」

 それ以上信也の言葉が続かなかった。


やっこさんはかなり厄介や。ワシ以外にも仲間がいたけど、皆やられてしもうたわ。命からがら逃げ出したってわけよ」


 その時だった。一瞬、辺りが明るくなる。

 直後、激しい衝撃音と地響きで、信也は転びそうになる。


「いったいなんだ!」


「とてつもない干渉力が向こうでぜたで。誰がが九尾と戦いよるな。ワシも加勢に行きたいんやけど…もう心が折れてしもうとる」


「もしかして真依か…。直ぐにでも駆けつけたいけど…」


 信也はそう言いながら要に目を向けると、今の衝撃で気を失っているようだ。


「蟒蛇さんお願いがあります。この子は一般人の方で巻き込まれたみたいです。九尾の方はオレが加勢に行きますので、この子を頼みます」


 音源地へ進もうとする信也を蟒蛇が残った方の手で制止する。

「いやいや。止めといた方がええって。あんさんがどれだけ強いかは知らんけど、金毛九尾は伝説の大妖怪やで」


「ワシも様子見で挑んだだけで、この有り様や。あれは人様が敵う相手やない。無駄死にする必要はない」


「蟒蛇さんって第一印象は感じ悪かったですけど、意外と善い人なんですね。オレのことなら心配無用です」

 信也はそう言うと、覚悟を含んだ笑みを蟒蛇に見せた。


「忠告はしたけんの。取りあえず、この子は任せとき。責任を持って結界の外まで連れ出すさかい」

 蟒蛇はそのまま要を担いで走り去った。


「急いで加勢に行かねえと」

 信也は先程の音がした方へ駆け出した。

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