11話 夢想

 信也しんやたちが、相模さがみ 辰五郎たつごろうとの会話に集中している中、何処からか真依まいを呼ぶ声がした。


 真依は、声の主に呼び寄せられるように樹海へと歩みを進める。


 くろが途中で異変に気付き止めようと叫ぶが、その声が真依に届くことは無かった。


 次の瞬間、真依は日光すらも遮る樹海の中に、ポツリと1人、たたずんでいた 。


『まい!』


 くろの叫び声で、真依の意識は覚醒する。

「なに…これ…」

 辺りを見渡すいくつもの黒い人影が真依を取り囲んでいた。

 その人影の1人が真依のフリルスカートに手を掛ける。



 状況が飲み込めず、呆気に取られていた真依であったが、突然自身の髪が伸び黒い人影を弾き飛ばした。

『まい、立ちなさい!逃げるわよ』


 くろの声が真依の脳内で響く。それに呼応するように真依は慌てて黒い人影を振りほどき逃げ出した。

「ありがとう!くろちゃん」


『守護霊なんだから、当たり前よ。お礼はいいから急いで!』


 黒い人影たちはゆっくりとだが、確実に真依の後を追ってきている。足場が悪いのか、この環境のせいか真依にはわからなかったが、足がもつれ思うよに逃げれない。


「くろちゃんどうしよう。追い付かれそう。あの人たち倒しちゃダメかな?」


『止めときなさい。あなたの干渉力かんしょうりょくは燃費が悪いんだから…。それに運要素が強い過ぎる。上手くここをしのげても、後が大変になるわよ』


「でもこのままじゃ…」


 真依はいつでも干渉力を使えるよう朝水あさみとの修行を思い出す。


 ~回想~

 朝水は、真依と信也に白い小石を手渡す。


「まずは得意とする干渉力の系統を見極めましょうか」


 今一歩な集中力の真依は、朝水の話はそっちのけで小石を太陽に掲げ透かしてみる。


 そんな真依が注目するように少し声のボリュームを上げて朝水は説明を始める。


「これは干渉者が作った干渉具というものです。干渉力には大きく別けて2種類、内干渉と外干渉があります」


「内干渉は自分の内側から干渉力を顕現し、外干渉は自分の体外の物質に干渉力を作用させます」


「特徴として、内干渉は高出力、高燃費。外干渉は低出力、低燃費な点です。ただし、これは干渉者自身の干渉力の総量にもよりますし、例外もあります」


「干渉って言葉ばっかりで意味がわかんないよ」


 国語が苦手な真依は、朝水の説明を理解するのに、数回は同じ話しを聞く必要があった。


「とりあえずこの石を上に投げて下さい。この石は干渉力の影響を受けやすい性質になっています。内干渉に偏っていれば石は砕け、外干渉に偏れば石は地面にめり込みます」


「ちなみに私は外干渉よりなので、投げるとこんな風に地面にめり込みます」

 朝水が投げた石は、その言葉通りの状態になっていた。


 真依たちは促されるがまま石を真上に投げた。

 真依の石は接地したと同時に砕け散る。


 信也の石は何故か地面にめり込み砕けた。


「予想通り面白い結果ですね。竹取さんは内干渉。生司馬いくしまさんは両方の力が均等に作用している。ちなみに干渉力の弱い一般人だと、石とその周囲の環境に変化を及ぼすことはありません」


「さて、まずは干渉力を扱うことに慣れていきましょうか」


 その日から、真依の修行に水姫と朝水が交互に修行につく。


 水姫との特訓は、周囲の万物に自分の干渉力を流す。具体的には水で打ち上げられた後に無傷で着地すること。

 外干渉であれば、接地の瞬間に地面に干渉力を地面に流し、地面からの衝撃を減らす事が可能だ。


 内干渉であれば、自身の肉体に干渉力を及ぼし、骨密度、筋肉、皮膚の厚さなどの増強が可能になる。


 もともと体育が苦手で体力がない真依にとっては、なかなかにハードな特訓だ。


 そんな真依を見かねて水姫がサラサラの白髪を掻きながらアドバイスする。


竹取たけとり、干渉者の特徴として内干渉に秀でた者は自己愛が強く。外干渉に秀でた者は所有欲が強い傾向にある。俺が水で打ち上げたときに自分自身に意識を向けろ。生育環境のせいかわからんが人目を意識し過ぎている」


 まさかこんな特訓で自分の事を見透かされると思って無かった真依まいは、無性に恥ずかしくなり頬が紅潮する。


「竹取さんは本来、利己的な人間だ。そこを肯定して、もっと欲望を剥き出しにしろ!」


「そんなこと言われても急にはできないよ」

 その後、噴出する水で何度も宙へと打ち上げられた。


 朝水との特訓では、干渉力の顕現に取り組んでいた。


「竹取さん。趣味や好きなものはありませんか?」


「うーん。好きなものはシンヤくんです。趣味は…何だろう。寝てる時が一番楽しいかも」


 朝水苦笑しながらサラサラとした黒髪を掻く。


「だって夢を見てるときが一番幸せなんだもん。現実なんて寂しいだけだよ」

 半ば怒ったように朝水に訴えかける。


「うんうん、竹取さん良い傾向だよ。干渉力を扱うには、自分を知ることが大事ですから」


 その後も、2人との修行は続いた。


 ~回想終了~


「私は幸せになりたい。他の子みたいに居場所が欲しい。だから自分で居場所を勝ち取れるぐらい強くならなきゃ!」


 真依がそう意気込むと自然と、体も軽くなり駆け出していた。


 干渉力による肉体強化も相まって、黒い人影をどんどん引き離していき、最後は見えなくなった。

「やった!何とか撒いた」


 喜んだのもつかの間、目の前に再び黒い人影が幾人も湧き出てきた。


 逃げ道も阻まれ、周囲の黒い人影が徐々に真依の方へと詰め寄る。


「くろちゃん、どうしよう~」

『取りあえず私が髪で防ぐから、何とか切り抜けて!』


 そんな時、どこからか低く、くぐもった女性の声が聴こえてきた。

「これはこれは上玉が、迷い込んでるではないか。雑魚の餌にするのは勿体ないのう」


 その声は明らかに、周りの黒い人影とは別の位置から発せられている。


 突如、突風が吹き、あまりの風圧に真依は目を閉じ腕で視界を塞ぐ。


 次に真依が目を開けた時には、黒い人影は消え去っていた。いや、目の前に1体だけ女性が残っている。


 その女は、黄金色の長髪に白装束。狐のような耳と一本の尾が生えていた。


 真依は外見から、事前に伝え聞いていた瞬時に九尾を連想した。

「くろちゃん。これが例のキツネさん?」


『どうだろ…金毛九尾っていうぐらいだから、尻尾も九本ないと変じゃない?』


 そんな2人の会話を聞いて白装束の女が話しかけてきた。

「なんじゃ。うぬら、わらわを捕らえに来たのか?ならば遠慮なく食らうとしよう」


 口ぶりから察するに、目の前の人型の女性が金毛九尾であることは間違いないと真依とくろは身構える。


 直後、金毛九尾が真依を睨む。

金色に輝く目は次元の頂点に立つ者の目だとくろはすぐに理解した。

「まい、逃げるわよ。こいつはヤバいわ」

 くろに言われて逃げようとする真依であったが、金毛九尾の尻尾が目の前まで迫っていた。


 真依の顔面にとてつもない衝撃が走る。

 次の瞬間、真依の体は後方へと吹っ飛んだ。飛ばされた先の木々に体の至るところを打ち付ける真依。


 舞い上がる粉塵の中、体中の痛みに耐えながらも真依は何とか起き上がり、自分の顔を手で触り無事を確認する。


「はぁ、はぁ…よかった…」

 体の痛みよりも、顔が無事だったことで真依の口からは思わず安堵の溜め息が漏れる。


「あれ?」

 真依は自分の頭部に違和感を感じた。思わず自身の髪を手ですいてみると、ウェーブがかかった長い黒茶の髪がどうしてか短くなっている。


 その理由はくろの発言ですぐに理解することとなる。

『急いで立って!さっきは髪で防いだけど次は無理よ。運良く防げても髪が全て無くなるわよ』


 この時、真依は命の危険よりも、大事な髪の毛が失われたショックの方が大きかった。


 髪を両手で解きながら、発狂する真依。

「ぎゃー!私のお気に入の髪がー!キューティクルがー」


『まい、ふざけてないで逃げて!』


「わらわの一撃を防ぐとはやるわね。悠久の時を経て見つけた極上の肉。ゆっくりいたぶって、その顔が恐怖に歪んだところで食ろうてやるわ」


 金毛九尾は余裕の笑みを浮かべ真依へと近寄る。


「許さない!よくも…私の髪を!許さない!」

 真依は、抑えきれない激情で震えていた。


『ちょっと、どうしたのよ?早く逃げるわよ』


「くろちゃんごめん。使うね」


 真依は信也が長い髪が好きだと風の噂で伝え聞き、毎日手入れをして髪を伸ばしていた。


 髪は女の命。その事を身を持って理解している真依にとって、髪が失われたことに対する怒りは、目の前の恐怖を掻き消すのに充分だった。


 真依はこめかみに人差し指を当て虹色に輝く糸を引っ張りだした。

 糸が指に絡み付くと頭の中に自然と干渉力の内容が流れ込んできた。


 真依虹色に輝く人差し指をおもいっきり金毛九尾、目掛けて振り下ろした。


夢想無双ドリームハイ・きらきら星”


 掛け声と共に絵本に出てくるような、巨大でメルヘンなお星さまが金毛九尾の頭上に降り注ぐ。


「ぐぎゃぁ~」

 目映い輝きと共に大地が震える。

 星が爆ぜた跡には大きな穴だけが残り、その周囲は焼け焦げていた。


真依の干渉力は、昨晩、見た夢の具現化。何がでるかは真依自身も干渉力を使う直前にならないと分からない。


 力の代償として、具現化した夢は二度と見なくなる。そして、同じ夢は二度と具現化できない。


「やった、倒した」

 喜んだのもつかの間。

 突如、強い脱力感と疲労感に襲われた真依は地面へと倒れ込んだ。

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