10話 樹海混戦

 真依まいを追って樹海に飛び込んだ信也しんやであったが、既にその姿を見失っていた。


 樹海の中は鬱蒼うっそうとしていて、文字通り一寸先は闇であった。


 辺りは静寂に包まれており、虫や鳥の鳴き声すら聞こえてこない。


 つい最近まで、信也に芽生えていなかった恐怖。自分の近しい人間が死ぬ恐怖。S高校での一件で嫌って程、味わっている。


「真依は…どこにいるんだ」

 信也手当たり次第に、樹木を掻き分け、闇雲に探す。


 …それから、どれくらい時間が、経っただろうか。見渡す限りの木々、生い茂る草。剥き出しの樹木の根。信也は、このまま真依が見つからなかったらという恐怖に駆られる。


 信也も真剣には考えてなかった。あの時、水姫と一緒になって、真依がここに来るのをしっかりと止めるべきだったと今更ながら後悔する。


「反省は後だ。とりあえずまいを見付ける事に集中するんだ!ジジイとの修行を思い出せ」

 何とか気持ちを切り替え信也は自分を奮い立たせる。


 ~回想~

 紆余曲折あり、信也の修行は珍しく認知症状がでていない海斗かいとが担当することになり、これまた紆余曲折あり二人は組手をしていた。


「なるほど、お主の干渉力かんしょうりょくがなんとなくわかったぞ」

 何かに気づいたのか、突然、海斗の動きが止まる。


「本当か?」


「お主の体はくさびにより干渉力の鎧をまとっておる。しかし、この鎧のせいでお主に宿る本来の干渉力が抑え込まれとる」


「本来の干渉力って?」


「お主に宿る干渉力は願いを現実にするものじゃ」


「マジか!それはさすがにチート能力だろ。アギやガルダインが使えるのか?」


「いやいや、火を出したり風をおこしたりなど、そんなに万能な干渉力ではないわい」


「爺さん、ペルソナを知ってんのか?」


「当たり前じゃ、エリザベスはワシが倒した青龍より手強かった」


「いやいや、結構やり込んでんね」


「おっと、話が逸れてしもうたわい。正確に言うとできる限り願望に近付けるという形で、お主の干渉力を元に再現される者じゃ」


「そういえば干渉力を使ったときに白いもやみたいなのが出てたな」


「その白いもやとやらがお主の干渉力かんしょうりょくじゃろう。鎧のせいで詳しいことまではわからぬが…纏っている鎧がお主の気配を隠しその身を護るとともに、自身の干渉力を使用するのに妨げになっとる。あるいは楔を取り除ければお主の干渉力の正体がわかるんじゃが…」


「じゃが?」


「どうもお主の干渉力の鎧には悪意を感じない。何らかの理由があってその鎧を纏わせていると考えるのが妥当じゃろう。それに、干渉力の扱いに慣れるまでは鎧があった方が身を護れる。力の流れを見る限り、両手からしか干渉力を体外に出せんようじゃな」


「取りあえず何が出来るかを試していくしかないか…」


「そうじゃの。少なくとも実戦で、新しい技を試すのは止めたほうがええじゃろ。身に余る願いを請えば干渉力だけ使い果たされ、望むような効果は得られんじゃろうから」


「それと、干渉力の鎧も万能ではないぞ。瞬間火力の高い技や相性によって簡単に崩されるやもしれん。特に、悪霊の得意とする精神に働きかける干渉力は次元の境界が曖昧になりやすい」


「わかった。肝に命じる」


「うむ、素直なことは勉学に励む事よりも大事じゃ。まずは実用的な願いを形にして、いつでも使えるようにする事始めるかの」


「はい!師匠せんせい。宜しくお願いします 」


 ~回想終了~


「あの時、教わった事を思い出せ。感じ取るんだ、真依の存在を!」


 真依の輪郭りんかくイメージする信也。

 目を閉じ自然体で呼吸を整える。

 …すると信也の手に何かが絡み付く感覚がする。


 目を開けると白い靄が手に巻き付いている。その靄は暗闇に向かって伸びていた。


「これを追って行けば真依の元へ行けるのか?」

 信也しんやは糸を辿たどって駆け出した。


 しばらく走ると木の枝の下に人影が見えた。


「真依っ!」

 信也が声を掛けるが、それが真依では無いことにすぐに気付いた。


 その人影は木の枝から吊るされたロープが首に巻き付いており、脱力した状態でぶら下がっていた。


 自殺者の首吊り死体。信也は驚きのあまり声がでない。


 死体を見るのは信也にとって初めての経験だ。あまりの衝撃に首吊り死体からどうしても目を離すことが出来なかった。


 すると首吊り死体の首がゆっくりと動き、信也しんやの方を向いた。


 その瞬間に信也と死体の目が合う。男性であろうその顔の目は真っ赤に充血しており、何かを訴え掛けている。目の前の“それ”が人間の縊死体いしたいではなく、悪霊だと気付いたときには既に手遅れだった。


『どうして…。どうして…』

 悲痛な叫びが信也の頭に直接響く。


 気が付くと信也の首にロープが掛かっており、体が宙吊りになる。


「大丈夫だ、オレには干渉力の鎧がある。 苦しいはずがない。大丈夫だ。大丈夫だ」

 必死に自分に言い聞かせる信也。

 そんな願いとは裏腹に首は締め付けられ、息が苦しくなる。


「ぐっ…」


 信也の体から徐々に抵抗する力が無くなり意識が遠退いていく。体は震えており生まれて初めて実感する。これが死の恐怖、痛み、苦しみなのだと…。


 信也の体は脱力し項垂うなだれる。


 嫌だ。死にたくない。死にたく…。

 心の中で何度も叫ぶ信也。


 今の際で信也は希望に代わる願いを見付ける。


 自分が死ねば真依はどうなる?

 2人で樹海をさ迷うのもいいかもしれないが、出来ることなら生きて真依と明日を迎えたい。


 信也の中に人間として最も優先されるべき欲求、生存本能が覚醒する。


 そして、自分を巻き込んだクソッたれな親父をぶん殴らないと気が済まないと、腹の底から怒りが込み上げる。


 信也の中で恐怖より怒りの感情が勝った。


 干渉力は想いを力にする。親父をぶん殴ってやる。


 信也は自然と力がみなぎってくるのを感じた。怒りに任せ首に掛かったロープを引きちぎる。


「ゴホッ!ゴホッ!」

 咳き込んだが、さほど苦しくないことに気付く。干渉力の鎧はしっかりと機能していたのだ。


 改めて、海斗かいとからの言葉が想起そうきされる。

「精神に働きかける干渉力は次元の境界が曖昧になりやすい…か」

 そのことを身をもって体験した信也であった。


 意識をしっかり保ち首吊りの霊に向かって行く。


「機動力ゼロなんてただの雑魚だな」

 動かない首吊りの霊目掛け、渾身こんしんの干渉力を素手にまとい叩き込む。


「ぐぉぉぉぉ…」

 首吊りの霊は悲痛な叫びを上げ…消えていった。


 悪霊との実戦経験は少なからず信也の血となり肉となる。


「干渉力の鎧を過信しすぎないよう念頭におかねえと。そもそも、干渉力自体が高次元へアプローチする力だ。次元が低ければ、まったく効かないというわけでもないか。次元差がそのまま耐性になるのか…」


 信也は独り言のように呟きながら干渉力への理解を深める。


 信也は今まで干渉力の鎧の恩恵を感じる出来事はあったが、自身の干渉力である白いもやを見たのは、くろに襲われた夜が初めてだった。


 その理由を考えていた信也であったがすぐに、すべき事に意識を向ける。


「…っと、こんなことしてる場合じゃないな」

 ようやく優先順位に気付いた信也は、再び真依の居場所を探ろうと意識を集中したが、何も感じ取るとこが出来なかった。


 信也は落胆しつつも改めて周囲を見回す。微かに空間がよどんでいるように感じる。


「もしかしてミズキが言っていた。結界ってやつか

 それで何も感じ取れないのか?」


 どうしたものかとその場で考え込む。信也は、ふと事前に配られた発煙筒の事を思い出す。


「そうだ、とりま木に上るか!何かあれば発煙筒を上げるはず。近場で発煙筒が上がったとこに向かおう。でも、ここからじゃ木が邪魔で周りが見えないな」


 信也は肉体と目の前の木に意識を向け、白いもやを纏いながら跳ぶように木を駆け昇った。

 天辺てっぺんに到達すると、驚きの光景か目に入る。


 延々と広がる黒い樹海。しかし、発煙筒の赤い煙がいくつも立ち昇っていた。

「いったい何が起こってるんだ!」

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