9話 境界保全機関

 A樹海前の開けた場所に到着すると、薄緑のテントがいくつも設営されていた。

 入り口には、迷彩服の人が車を誘導していた。


 車を降りると迷彩服の人々がせわしなく動いている。普段着や独特な格好をしている者も多く、ざっと見渡しても数十人ほどの人だかりができていた。


 その場の雰囲気から、事態が逼迫ひっぱくしていることがひしひしと伝わってくる。


「ここにいる全員が干渉者かんしょうしゃなのか?」

 信也しんやの問いに対して、朝水あさみが丁寧に説明してくれる。


境界保全機関きょうかいほぜんきかんの職員は、干渉者と自衛隊で構成されています。実を言うと機関の立ち上げには、御三家の1つである天草家あまくさけが携わっています」


「少子高齢化で平和なこのご時世、世襲制せしゅうせいで一族の生計を立てるのは難しいのが現状です。御三家も平安時代から室町時代にかけて、百鬼夜行ひゃっきやこう、あやかしや悪霊たちが猛威もういを奮っていた全盛期の頃と比べるとかなり勢力が落ちています」


「国家として確立された日本では、ある程度の生命の安全が保障されています。昔に比べると干渉力かんしょうりょくによる事件や被害は少なく、そこまで御三家の力が必要では無くなったんですよ」


「ただ、日本各地で悪霊や規律違反者による被害は続いているので、国と共同で機関の設立を推し進めたのです。今まで、無法者むほうものの集まりであった御三家の規律、体制を整えると共に組織としての機動力きどうりょくも確保できるようになりました。財源も確保できますし」


 先ほどから、信也しか朝水の説明を聞いておらず水姫みずきはスマホを操作しながら何やら難しい顔をしており真依まいは、くろと雑談をしながら辺りを見回していた。


「自衛隊にしては変わった見た目のやつもちらほらいるな…」

 改めて信也が周囲を見回すと防衛省としての制服を着ている人たち以外にも、巫女服の女性、どこで売ってるかわからない、くたびれた服を着ている人もいる。


「アプリ登録者の民間企業やフリーの干渉者も招集したんだと思います。今回はすがに人手がいりますからね。九尾相手でしたらこの人数でも心許こころもとないぐらです」


 最初は父親をぶん殴ってやると息巻いていた信也だったが、段々自分がここにいることが場違いではないかと思い始めていた。


「ねぇねぇ、二人ともいつまで難しい話をしてるの。これからどうする?」

 真依が痺れを切らして駄々をこねる子どものように体をひねる。


「とにかく、どっかに座りてえな」

水姫も平常運転で気だるそうに肩を回している。


 こんな状況で余裕を見せる水姫と真依をどこか頼もしく感じてしまう信也であった。


 信也たちは、朝水の案内で今回の任務の責任者がいる最前列のテントへ向かい歩く。その先には密度の高い樹海が侵入者を拒むように群生していた。


 信也が樹海に目を奪われていると、突然、蛇みたいに鋭い目付きの青年が水姫みずきに話掛けてきた。


「これはこれは、堕ちた御三家のミズキ坊っちゃんやないですか」


 水姫は安い挑発にさして興味を示さずに返答する。


「あんたは確か高橋たかはし…か?」


「誰が高橋やねん。全然違うわい。ワシは蟒蛇うわばみ 湘矢しょうやいいます。以後、お見知りおきを」


 蟒蛇の煽りにナチュラルに煽り返す水姫。

 水姫に大人の社交辞令は無理だと判断した朝水が二人の間に割って入り代わりに挨拶する。


「蟒蛇さん、郡山 朝水です。父君ふくんには大変お世話になっています。今後とも、ご贔屓ひいきに願います」


 蟒蛇は朝水に対しては特にリアクションはなく、当たり障りの無い返事で会話を終わらせた。


「そうやな。お互い命は大事しましょうや」

 そう言い残し蟒蛇は後ろ手に手を振りながら立ち去っていった。


「あの人、何なんですか?感じわるーい」

 あまり人嫌いをしない真依が、珍しく嫌悪感を剥き出しにしている。


「すみません。皆さんに不快に思いをさせてしまって…。彼は以前は郡山家の分家の者でしたが、いろいろとありまして…」


 いろいろの部分が気になった信也だが深くは詮索しなかった。真依も空気を読んだかと思いきや既にこの場にはおらず、補給物資のテントで何やら食べ物を恵んでもらっていた。


 朝から何も食べていなかったので、信也は急な空腹感に襲われる。


「お前が謝る必要はないだろ。全てはクソジジイが悪いんじゃねぇか」


「兄さん。また父上の事をそんな風に呼んで…。それに現当主は私ですから、 郡山家の責任を取るのは当然です」


「まったく、お前はつくづく当主に向いてるよ。俺だったら高橋を一発ぶん殴って済ませるのに。このままいくと、ジジイみたいに禿げるぞ」


「高橋じゃなくて蟒蛇さんですよ。それにどちらかと言うと兄さんの方が父上似なので、禿げるのは兄さんでしょ」

 こうして会話しているのを見ると、仲の良い兄弟だなと信也はつくづく思い、一人っ子だった為少し羨ましく感じていた。


「あんたたち。いい加減になさい。そろそろ始まるみたいよ」

 補給品のおにぎりを頬張っている真依の横で、くろが母親みたいにその場をたしなめる。


 最前列の中央のテント前には、あつらえたばかりのだんが設営されており、その上で黒スーツでライオンのたてがみのような黄金色の髪をした中年男性が立っていた。


「あの人、めちゃくちゃガタイいいな」

「シンヤ。うっせえぞ」


「皆様。本日はお忙しい中、お集まりいただきありがとうございます。私は“防衛省、境界保全機関、境将補きょうしょうほ相模さがみ辰五郎たつごろうと申します」


「境将補って言えば機関のNo.3ですね。そもそも境界保全機関の職員は人数が少ないので、幹部は各階級に1名ずつ、その下の各階級も1~5人程度しか配属されてないんです」

 朝水が小声で補足する。


「なるほど。確かに干渉力を使えるってだけでも、人材確保のハードルがかなり高くなるしな」

信也も少しずつ、干渉者の界隈について理解を深めていく。


「今回お集まりいただいたのは。生司馬いくしま 大護だいごの討伐が目的です。万が一、九尾に遭遇した場合は戦わずに逃げて下さい。今から1人1本ずつ、この発煙筒を配ります。どちらか発見し次第、即座にこの発煙筒を使って下さい。今から30分後に班分けして突入します。各自2~5人の小隊を作って下さい。発煙筒さえ上げれば後は私が対処します」


「物凄い自信だな。あのおっさん何者だ?」


「あの方は相模 辰五郎さんです。御三家最後の一角である相模家次期当主。現当主はご高齢の為、実質、相模家 さがみけを取り仕切っているのは彼です」



「朝水と竹取さんは留守番だろ?なら俺と信也と間壁さんで小隊を組むか」

やる気満々の水姫は手早くチーム分けを済ます。


チーム内のある人物のことが引っ掛かる信也。

「マジで!間壁まかべさんも戦えんの?」


「はい。微力ながらお二人の補助を務めさせて頂きます」


「そうだよな、郡山家の使用人だもんな。一般人なわけないか」

信也が間壁が干渉者ということを何とか飲み込むと、突如、2mはあろうかという巨躯きょくの男が信也に向かって話し掛けてきた。


「君が生司馬いくしまさんのご子息か」

 大男のプレッシャーに気圧され、信也は挙動不審になりながら挨拶をする。


「こここ、こんにちは。生司馬 信也といいます。本日はお日柄も良く…空は青々としており…」


「ぷっ…何だよその挨拶は」

 水姫は鼻で笑っている。


「なかなかの素質に恵まれているようだね。昔、大護さんには命を救われた事があるんだよ。今回はこのような事になって非常に残念だ」


「おっさんら親父の事を知っているのか。親父が何者か教えてくれよ」

 突然のカミングアウトにより、ため口に戻る信也。


「それが知りたくて父親を追ってきたか。であれば、ここから生きて帰れれば質問に答えよう。だから決して無茶はするな。命あってこその物種ものだねだからね」

 そう言って辰五郎は発煙筒を信也の手に直接握らせる。


竹取たけとりさん!今すぐ離れて!」

 突然、朝水の声が響く。


 信也が辺りを見渡すと、真依が樹海のすぐ近くまで歩みを進めていた。心なしか森が、いや闇がうごめいてる。

「まい、今すぐ離れなさい!」

 くろも大声で忠告する。


 しかし、真依に周囲の声も届いておらず、まるで樹海から呼び寄せられているようだ。


 信也は自分の目を疑ってしまう。驚く事に次の瞬間、樹海から無数の黒い何かがムチのように伸び、真依まいの体が一瞬にしてまれたのだ。


「真依っ!」

 それを見た信也は周囲の制止する声も聞かず、自分でも信じられない程の勢いで続け様に闇の中へと突っ込んでいった。

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