6話 居場所

 真依まいの両親は彼女に対しての愛情を持ち合わせていなかった。

 真依にとってはそれが当たり前であり、日常であった。


 政略結婚の末の出産。臨まれない女児。そして、真依の母は子どもを産めない体になった。


 元々、真依の両親の間に愛は存在しない。

 本来、愛の副産物である子どもに対して、肝心の愛が欠如しているのだから、こうなったのも必然なのかもしれない。


 家にいても真依の居場所は無かった。

 父、母はそれぞれの自室に籠もり、家族としての会話など存在せず、唯一家族と証明できるものは血が繋がりだけであった。


 そんな真依にも居場所が出来た。

 中学校で同じクラスになったA子。

 快活で愛想も良くクラスの中心人物であった。


 おしゃれや流行りのものを真依に教え、2人はすぐに大親友となった。


 ある日、思春期に突入した真依にも初恋が訪れた。

 隣のクラスのB男。

 成績も良く、サッカー部のエースでファンクラブも存在していた。


 真依はその事をA子に打ち明けた。

 するとA子は「それなら、私と同じだね。これからはライバル。お互い頑張ろうね」

 …と受け入れてくれたかにみえた。


 ある日、真依は突然B男くん告白された。真依に、人生で最も幸福と思える瞬間が訪れた。

突然の自体に、その場で告白の返事ができず保留にしてしまう。


異性への憧れはあったが、接し方が分からなかった真依は、どのように返事をしたらいいか悩んだ挙げ句A子に打ち明け相談した。


 するとA子は手の平を返したように真依を虐めるようになった。


 A子はB男に真依のある事無い事を吹き込み、B男それを信じて真依への告白を取り下げた。


 その後もA子を主導にイジメはエスカレートしていき、ついにはB男までも真依のイジメに加担するようになった。


 真依の居場所はいとも容易く崩れ去った。


 真依はそんな境遇にも関わらず、時々学校を休みながらでも何とか中学校を卒業した。高校は同じ中学の同級生がいない遠くの高校へと進学した。


 その際に、両親に最初で最後の我がままを言い、家を出て独り暮らしをすることとなった。


 お金だけはあった真依の両親からは特に反対される事もなく二つ返事で承諾してくれた。


 高校生になった真依は誰も信じられなくなっていた。イジメの対象にならないように天然キャラを演じ続けた。


 誰からも攻撃されないように、自分が下に見られるように人間関係を作っていった。


 …その結果、誰からもイジメられなくなったが、空気の読めない奴と誰からも相手にされなくなった。


 人間関係における成功体験が無かった真依が計算で人間関係を築ける訳もなく、ここでも彼女は居場所を作ることはできなかった。


 高校に入学して2回目の春を迎えた。


 真依は生司島いくしま信也しんやを見つけた。


 彼はいつも机に突っ伏していて、明らかにクラスの中で浮いていた。


 孤立している者同士、信也に親近感を覚えてたのかもしれない。


 放課後、偶然にも教室で2人っきりになった真依と信也。 正確にいえば偶然ではなく必然であったが。


 信也は終礼が過ぎてもそのまま机に突っ伏して寝ていることが多い。真依はクラスメイトがいなくなるまで、信也の手入れの行き届いていない雑草のように跳ねた黒髪を眺めながら待っていた。


 皆が帰宅したのを見計らい勇気を出して信也の肩を揺さぶる。

 顔を上げた彼に精一杯の笑顔を作り、声を掛けた。

「こんにちは」…と。


 すると信也の第一声は

「なんだか取ってつけたような笑顔だな」

 と辛辣しんらつな言葉であった。


 真依は自身の心を見透かされた気がして。悔さと気恥ずかしさで、これまでこらえていたものを吐き出すようにその場で泣きだした。


 そんな真依を見て、信也は何も言わず真依の頭を軽く撫でた。


 信也はその時のことなんて覚えてないだろうし、特に何かを察した訳でもなかったのだろう。


それでも信也の行動に何かしらの救いを得て、その日から真依の居場所は信也の隣になった。


 水姫みずきの実家に信也が連れていかれる事が決まったときに、真依は自分に関係が無くてもついていくつもりだった。


 なぜなら信也の隣が真依の唯一の居場所であったから。


 幸か不幸か義理の両親は真依がいなくなっても気にも止めない。


『真依、大丈夫?』

 何となく過去の出来事を思い出している真依の脳内にくろが心配そうな声で話し掛けてきた。


 真依が過去の記憶から心を戻すと信也が小柄な老人もとい、水姫の父親に連れ去られていくところであった。


「詳しい事情は追々、親父から聞き出すか」


 信也を助ける事を諦めた水姫は真依の方へ向き直り、前に出るよう促す。


竹取たけとりさん。次は君の番だ」


 信也と同様の行程で真依の体も霊視てもらった。


「竹取さんもかなり特殊なコトになってるわね。そもそも悪霊が守護霊になるなんて前例がないわ 」


「幸いにも体に異常はないわね。前の守護霊も一緒に憑いているから安心して」

 灯浬は笑顔で答え、少し疲れたからと中庭の縁側に腰を降ろす。


「よくわからないんですけど、守護霊って普通1人じゃないんですか?」


 疲労が窺える灯浬に代わって水姫が解説する。


「守護霊は必ずしも1人とは限らない。それに長い人生において常に憑いているって訳でもない。守護霊が憑くメカニズムは解明されていないが、一説によると守護霊の数は、人生における困難の度合いに比例するとも言われている」


「守護霊は象徴的存在しょうちょうてきそんざいで基本的には意志がない。ただ、護りの加護を宿主に与え、力を使いきるといずれは天に還る。ただし、くろは例外だ」


「わかったような…わかんないような」

突然の専門用語で真依の頭は限界を迎えていた。


 一休みして灯浬は座っていた縁側から立ち上がり真依へ補足説明をする。

「竹取さんはくろさんから刻まれたくさびによって干渉力かんしょうりょくが扱える可能性があるの」


「くさび…?かん…しょう…りょく?ミズキくんやシンヤくんが使ってた超能力みたいなやつです?」


「そうよね。いきなり干渉力なんて言われても分からないわよね」


 灯浬は申し訳なさそうに軽く会釈をして、自身の頬に手を添えて説明をする。


「干渉力は“想い”が“対象”に作用してことわりを書き換える力なの。ことわりが書き換わるのは“対象”がより高次元の“存在”になったからよ」


 改めて説明されても、ちんぷんかんぷんだといった様子の真依を見て水姫が灯浬を制す。


「灯浬さん、これ以上は…。無為に竹取さんをこの世界に引き込むことになる」


「それもそうね…。竹取さん、ごめんなさい」


 水姫が干渉力に関する話を強引に終えようとしたところで、くろが真依の体から出てきて話を戻した。


「力が使える可能性があって当然よ。そもそも暴走状態の私が襲ったのは、力のある娘を餌にするためだもの。あの学校は土地柄、干渉力がやたら高い人が多いのよ。真依のクラスにも素養のある娘が沢山いたわ」


「へぇー。ならかなめちゃんも、そようがあったんだね」


 水姫は、どうしても真依を巻き込みたくないのか別の話題に切り替える。


「そんなことより、くろは悪霊にる前のことは覚えてないのか?」


「記憶が曖昧なのだけど、黒い格好の男が私に何かしたのは間違いないわね。あの時から記憶が曖昧で、人を取り込みたいという欲求が抑えられなくなったの」


「やはり大護だいごが犯人か。奴の目的は何だ。…とりあえず大護と知り合いみたいだったし、ジジイにも話を訊いてみる。竹取さんとくろは適当にくつろいでくれ」

 そう言うと水姫は部屋を後にした。


 灯浬も一段落ついたと、真依たちを客間へ案内する。

「お腹空いたでしょ。あとで間壁まかべにお昼を作らせるわね」


「やったー。ありがとうございます。間壁さんって料理も出来るんですね」


「そうね。間壁は器用なのよ。郡山家のお手入れも1人で行っているわ」


「では、ゆっくりしていってね」

 灯浬はそう言うと中庭からどこかへ向かっていた。


 今までの説明を受けくろと真依は脳内会議を始める。


『ねぇ。あんた成り行きでここまで来たみたいだけどこれからどうするの?』


『どうするって決まってるじゃない。シンヤくんについていくの』


『私もあまり詳しくないけど、この業界にいたら命がいくつあっても足りないわよ。死ぬ覚悟があるの?』


『死にたくないけど、シンヤくんから離れるのは死ぬよりイヤだ。それに、シンヤくんが死んだら、私は死んだも同然なんだから』


『あんな奴のどこがそんなにいいのかねえ。ま、私は何があってもあんたを護るだけだけど…』


『くろちゃん、ありがとう』


『だって、守護霊なんだから仕方ないじゃない。私だってろくに青春時代を味わってないんだから、まだ成仏したくないわよ。もう少しセカンドライフを謳歌おうかしたいわ』


『そうだね。2人で幸せ目指して頑張ろー』

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