5話 郡山家総本山

 信也しんやたちは、かれこれ2、3時間は車に揺られていた。


 半ば強制的に連れ出され困惑している信也に反して、真依まいは遠足に行く小学生のように上機嫌で鼻歌まじりに体を揺らしている。


 昨晩の疲れ、睡眠不足も相まって信也は徐々に睡魔すいまに襲われていく。


 しばらくは微睡まどろみながらも後部座席の車窓から流れ行く景色を眺めていた。


 見渡す限り木、木、木。まだ昼前だというのに生い茂る枝葉に日光が遮られ、辺りは薄暗い。それにつられるように車内の雰囲気も暗く沈黙が支配していた。


 そんな空気に耐えきれなくなったのか信也は唐突に話題を切り出す。


「まだ着かないのかよ」

 信也が愚痴を零すと鬱陶うっとうしそうに水姫みずきが舌打ちをする。


 そんな険悪な雰囲気を察してか、運転席に座っている短髪の青年が遅ればせながら自己紹介を始めた。

「申し遅れました。こんな体勢で申し訳ありませんが、わたくし郡山家こおりやまけの使用人の間壁まかべと申します。以後、お見知りおき願います」


 出発時、水姫が強引に信也たちを車に押し込み、手早く発進させた為、本来すべきであった運転手との挨拶も交わせていなかったのだ。


 使用人と名乗る青年は、丁寧な口調で自己紹介を済ます。あつらえたような燕尾服えんびふくはいかにも執事といった風貌だった。



「間壁さん。俺たちに余計な気遣いは要りませんよ。俺も実家から勘当された身ですし」


「いえいえ、いくら勘当されたからといっても郡山家当主様に対して無礼な態度はとれませんよ」


 勘当という言葉が気になった信也であったが、出会って日の浅い相手に対してデリケートな内容に触れるのもはばかられ特に反応はしなかった。


 再び車内に気まずい空気が流れる。


 そんな気まずい空気を読めない真依が唐突に遊びを提案する。

「はいはーい。暇だからみんなで“しりとり”しようよ」

「まず最初に私からいくね」

 真依は周囲の承諾を得ないまま“しりとり”を開始した。


「最初の言葉は“悪霊あくりょう”。

 はい!次はくろちゃんの番。“う”だよ」


「なにそれ、私への当て付けかしら?」

 くろが真依の体から出てきて不機嫌そうに返答する。


 時々、真依の天然発言は故意にやってるのではないかと信也は勘繰ってしまうことがある。


「くろちゃん。“しりとり”は文字の語尾を取って次の言葉を答えるんだよ。“なにそれ”だとしりとりになってないよ」


 ミズキは助手席でふて寝を決め込み、間壁も苦笑いを浮かべていた。


「はぁー」

 くろが深い溜め息をつく。


 車は最悪の空気の中、しばらく進み続けると開けた場所に出る。

 そこには、高さ数メートルはある赤い鳥居とりいが立っていた。

 ただ、そこには鳥居があるだけで周囲はだだっ広い空き地になっていた。


 見知らぬ人が訪れたら廃れた神社の跡地かなにかと疑問に思うであろう謎のスポットだ。


 上記に漏れず疑問に感じて首を傾げている信也を見て、水姫が端的に告げる。

「ここだよ。俺の元実家は」


 家はどこだと信也がツッコミを入れる間もなく車は進み、そのまま鳥居をくぐる。


 鳥居をくぐり抜け出た先で更なる驚きの光景を信也は目の当たりにする。


 今まで何もなかったはずなのに目の前には幾重にも鳥居が建ち並んでおり、突如神社が出現した。


 何が起こったか困惑している信也を横目に間壁は自身の業務を全うする。


 間壁は速やかに停車すると、車の座席のドアを開け軽くお辞儀をして信也たちに降車を促した。全員が降りたのを見計らい

「ではわたくしめは車を停めて参ります」

 と車に乗り込みどこかへ行ってしまった。


 赤を基調とした社殿建築しゃでんけんちく。正面からでは全貌が窺えない程に建造物が建ち並んでいた。それに目を奪われていた信也に、突然、敵意に満ちた声が浴びせられる。

曲者くせものめ、覚悟!」


 何者かが、突如信也目掛けて跳び蹴りをかます。


「うぉっ」

 突然の事で驚いたが信也であったが、持ち前の反射神経で上体を反らし、すんでのところで蹴りをかわす。


 しかし相手もただ者ではなく直ぐに体をひるがえし次手を組み立てていた。

「本命はこっちじゃ」


 鋭い正拳突きが信也の腹部へと放たれる。


「くっ!」

 それを何とか腕で防ぐ信也であったが衝撃で2歩、3歩と後退あとずさる。


「むむっ、貴様やりおるな」

 襲撃者に信也が目を向けると、そこには白髪しらがまみれで小柄な老人が構えていた。


「いい加減にしろ、ジジイ」

 水姫はその老人の後頭部にチョップを食らわす。


 老人はさして痛がる素振りも見せず水姫の方を振り返り、今までの敵意は嘘のように歓迎ムードとなる。


「お主は…。おお!愛しの我が息子ではないか。学校の友達を連れて来たのだな。ほれ、ぼた餅をやろう」

 

 白髪まみれの老人はそう言うと、自身のズボンのポケットをまさぐり、潰れて平になったぼた餅を差し出してきた。  

 まるで、いつものやり取りだと言わんばかりに水姫はその老人を軽くあしらう。


「コイツは郡山こおりやま海斗かいと。いろいろあってこんな見てくれだが、まだ40代だ。痴呆ちほうが進んでいるから放っておいていい」


「放っておいてって…」

 あまりにも辛辣な物言いに高齢者虐待が信也の脳裏によぎったが、よくよく考えれば、40代が高齢者に該当しないことに気付きそれなら問題ないかと変な方向に納得してしまう。


「お帰りない、水姫さん。実のお父様なんだか ら、もう少しお手柔らかにお願いしますね」


 柔らかい声色と共に老人の背後に、白ベースに牡丹ぼたんの花が刺繍ししゅうされた着物姿の女性が立っていた。顔立ちはどこか幼いが、立ち振舞いから相応の年齢を重ねているだろうと信也は推察する。


灯浬あかりさん。ご無沙汰しております。父と言っても俺は勘当された身ですから」


「ミズキくんはどうして勘当されたの?」  


 水姫の勘当された理由を気になっていたが、言葉に出さないでいた信也の気遣いなど知る由もない真依が単刀直入に質問する。


「バカ!真依、少しは空気読めよ」


「信也の癖に変な気遣いすんなよ。別に隠すような話でもないからさ」

 水姫は、さして気分を害した様子もケロッとしていた。


「ただ、勘当された詳しい理由は俺もよくわからん。理由を訊こうにも当の本人はこの調子だし」

 

「皆さんこんにちは。水姫さんがお友達を連れてくるなんて珍しいですね」


 灯浬と呼ばれる女性があからさまに話の流れを変えようとする。水姫もそれを察してかそのまま

会話を続けた。


「別に友達じゃないですよ。電話で事前にお伝えしていた例の二人です。ちょっと霊視てほしいんですが…」


「ええっ!私は友達だと思ってたのに…」

 真依は大袈裟なリアクションをしてショックを受けるたようだが、水姫はそれを容赦なく突き放す。


竹取たけとりさんは少し黙っててくれ。話がややこしくなる」


「なるほど…あなた方が連絡にあった生司馬いくしまさんと竹取さんね。私は郡山こおりやま 灯浬あかりと申します。いつも、水姫さんがお世話になっております」

 灯浬と名乗る女性は丁寧に会釈する。


「いえいえ、半ば強制的に連れて来られただけですから…。それにあんま状況も分かってないですし」


「それにしても、お二人とも危ない目にあったって伺っていたのに意外と平気そうですね」


「信也は鈍感で、竹取さんはアホなだけですよ」

 水姫の辛辣な説明に灯浬は苦笑いを浮かべる。


「そうなのね。なんにせよ精神的なダメージが少なくて良かったわ。 とりあえず玄関先で霊視るのもなんですし、皆様中庭までお越し下さい。境内けいだいをご案内します」


 灯浬に促されるまま、信也たちは屋敷へと入っていく。


 最早もはや、相手にされないことが恒常化している小柄な老人は、なにやら独り言を呟きながらそのまま玄関先で立ち尽くしていた。


 神社の建物内は長い日本家屋の廊下があり、そこを抜けると中庭が見えてきた。

 

 中庭の地面には白い小石が所狭しと敷き詰められいる。庭の中央に大人1人入れそうな大きなかめが置いてあり、中には透明な液体が、擦りきりいっぱいまで注がれていた。


「では…。到着して早々で申し訳ございませんが生司馬いくしまさんこちらへ」

 促されるまま信也はかめの前に立つ。


水鏡みかがみ

 灯浬は瓶に手を入れ、中の液体を掴み出した。


 液体はシャボン玉のように滑らかに空中に拡がる。それらがやがて収束し楕円形だえんけいの鏡を造りだした。


 水姫の力を目の当たりにしたせいか、信也も真依も目の前の不思議現象に段々と慣れ始めていた。


「さあ、生司馬さん。この鏡を覗き込んで下さい」

 信也は言われるがまま鏡を見つめる。


しばらくは何事も起こらなかったが、信也は鏡を見ているうちに吸い込まれそうな感覚に陥る。


 やがて信也の意識は宙に浮き、そのまま数分が経過した。

 すると突然、鏡が変形して水晶玉のような形になり灯浬の手元に収まった。


「…これは凄いわね。どう言えばいいかしら」


「灯浬さん。勿体ぶらずに教えてください」

 水姫も信也の正体に興味津々のようで、ついつい急かすよう催促する。


「そうね…どう説明すればいいかしら。生司馬さんの干渉力を覆うように、別の干渉力が抑え込んでいるわ」


「なるほど…、信也の干渉力が感じ取れなかったのはそのせいですか?」


 すると、くろが真依の体から出て来て話し始めた。

「私でも信也の力は感じ取れなかったわ」


「なんにせよ、それ程特殊な干渉力なら、もっと本気で攻撃しても大丈夫だったかな」


「生司馬さんはこの干渉力に心当たりはないのよね?」


 皆が信也の正体に興味を注いでいると、いつの間にか水姫の父親である海斗が横に立っていた。


「お主。生司馬といったか…。まさか大護だいごさんの血縁の者か?」


「はぁ…、大護は父親ですけど」


「なんと、大護さんが息子をこさえていたとは」

 海斗は目を輝かせながら信也の顔を見上げていた。


「爺さん、親父を知ってるのか?」


「知ってるも何も。大護さんとは盟友であり、戦友であり、友でもあった。あの方の息子なら無償で修行に付こうではないか」


 修行する流れなんて何処にもなかっただろと信也が反論する前に、老人は信也の上着の襟首を掴み、体ごと軽々と持ち上げる。信也が助けを求める間もなく、そのまま何処かへと引きずられていった。

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