4話 規律違反者

 ピンポーン!ピンポーン!ピンポーン!ピンポーン…


 生司馬家のインターホンを何者かが鬼のように連打している。


 新手のピンポンダッシュかと思い、飛び起きた信也しんやは重たいまぶたを開き、枕元に置いてあったデジタル時計を見やる。


 時刻を確認すると短針は5を指していた。


「なんだよ…こんな朝っぱらから、いったい誰だ?」

 昨夜の出来事は奇妙な夢を見たぐらいにしか思っていない信也の頭に対して、体は倦怠感という症状で現実の出来事だったと訴えている。


 信也は幽霊と異能力バトルしたことが、あまりにも現実離れしすぎていたことに加え、昨夜の記憶が曖昧なこともあり、現実の出来事かどうかの判断を下せずにいた。


 その間もインターホンは鳴り続けており、

 信也は苛つきながらテレビドアホンに応答する。

「はい、どちら様?」


「早朝に申し訳ございません。信也くんの大親友を務めさせていただいている郡山と申します。信也くんはご在宅でしょうか?」

 

 画面に写しだされた白髪一色はくはついっしょくの髪と卑屈さを孕んだ眉間のしわにより、来訪者が転校生の郡山こおりやま水姫みずきだということに信也はすぐに気付いた。


 水姫が訪ねて来たことで、昨夜の出来事が現実だったということを理解した信也であったが、そのことよりも水姫が言い放った到底受け入れることの出来ない戯言にツッコミをいれる。

「誰が大親友だ、誰が!それになんでそんな気持ちわりい喋り方してんだよ」


 水姫は応答相手が信也だと知るやいなや態度を一変させる。


「なんだ信也か。いるならさっさと開けろ」


 不満はあったものの、とりあえずこのままにしておくわけにもいかず信也は渋々玄関のドアを開ける。


 そこには眉間にしわを寄せた水姫と、その背後で「やっほー」と手を振る真依が立っていた。


 心なしか真依まいの雰囲気が変わったような気がする。


「シンヤくん。おっはよー!朝早くにごめんね。

お父さん、お母さんの迷惑になってないかな?」


「いや…オレ独り暮らしだから気にしなくていいよ」

 信也の母は物心がつく前に他界しており、父も金銭的援助をするだけで直接会う事はなかった。

 信也は両親の顔すら覚えていないのだ。

 育ての親であった祖母も高校入学前に亡くなっている。


 そんな信也の境遇を知る由もない水姫は

「それなら早く言えよ」と

 配慮の欠片もない発言を残し、信也に承諾も得ずに家の中へ上がり込んでいった。


「おい!待てよ」

 その言葉に耳も貸さず水姫はリビングへと進む。


「あの野郎…」


 信也は溜め息をつきながら、真依の方に向き直ると互いの目が合った。

 …気まずい沈黙が流れる。


 そんな空気に耐えきれず、信也は家に入るよう促した。

「ま、立ち話もなんだ。真依も上がれよ」



 少し間が空き、真依が返事をする。

「うん。お邪魔します」


 そのまま真依と一緒に、水姫の向かったであろうリビングへと移動した。


 リビングに入ると水姫が3人がけの白のシックなソファーを占領して、足を投げ出しくつろいでいる。


「お前には遠慮ってものがないのか」


「お互い遠慮するような間柄でもないだろ」


「オレとお前がいつそんな間柄になったよ」


“親しき仲にも礼儀あり”という言葉があるが、

 親しくなければ礼儀は不要という解釈が、水姫の理屈なのだろうかと信也は本気で思った。


 ゆったりとくつろいでいる水姫とは対照的に、真依はソワソワして立ちすくんでいる。


「真依、どうした。大丈夫か?」


「ゴメンね。男の子の家に上がるのは初めてだから…少し緊張してて」


「今更、そんなこと気にすんな。いいから適当なところに座れよ」

 そんな真依の言葉を受け家主の信也よりも先に、水姫が遠慮するなよと着座を促す。


 「おい、ここ…オレん家だぞ!」


 結局、真依は立ったまま話を進めることとなった。


「それで、なんの用だよ。昨日の件か?」


「俺も竹取さんと黒いのに話を聞くだけの予定だったんだけど…状況が変わった」


 水姫は怪談のオチを話すような間を空けた。


生司馬いくしま 信也しんや。担当直入に聞く。お前は何だ?」

 ここまでの態度とは一変して水姫の表情は真剣そのものだ。


 そんな態度に気圧されつつも信也は返答する。

「何だ、って言われてもただの高校生だ。むしろ何だはこっちのセリフだろ」

 

「わかった質問を変えよう。お前、父親の名前はわかるか?」


 そこで唐突に切り出された父親の話に、少し困惑する信也であったが、ここで教えない理由も無かったので正直に答えた。


「親父の名前は生司馬いくしま 大護だいごだけど…、それが何の関係があるんだ?」


「やっぱりか。俺がそもそもS高校に編入したのは、ある規律違反者の調査の為だったんだ。そして、そいつの名前がついさっき判明したんだよ。それが、生司馬 大護。信也と同じ姓だったからもしやと思ったんだが…。現在、大護に境界保全機関から捕縛及び処刑依頼が出されてる」


 立て続けに出される、情報に信也の脳内処理が追い付かなくなっていた。


「まてまて、処刑って?そのなんたら機関って何だよ!」


「お前の父親は各地の霊を刺激して悪霊を生み出しているそうだ。昨日の黒髪の霊が暴走したのもお前の父親の仕業だ」


 信也は自身ですら、ろくに顔を合わせたことのない父親の話が出て思考が停止する。


「オレも親父のことはよく知らねえけど、さすがに突拍子も無さすぎるだろ。しかも処刑ってなんだよ?ここは日本だろそんな依頼聞いたことねえよ」

 昨晩の出来事でさえ飲み込めてない信也が、ここにきて実の父が処刑などと聞かされて到底納得できる筈もなかった。


 そんな信也の心中などお構い無しといった様子で水姫は話を続けた。

「俺たちのは法では裁けない。だから、力の使い手は人の道から外れやすい。平和を保つ為にも規律を決め、それに背いた者は処刑される。至極当然のことだ」


父親の顔なんざ正直、覚えちゃいない。毎月、口座に生活費を振り込んでくれることが、親として果たしている唯一の義務だ…それでも処刑されると聞いて気持ちの良い話ではない。


 ふと信也の脳裏に、黒髪の霊を殴ったときに見えた黒スーツの男がよぎる。


「仮に水姫の言っていることが本当だとして、オレにどうしろと?」


水姫は正気を疑う提案を真顔でする。


「そうだな。信也を人質に取って、大護をおびき出すって手もあるが…」


 今まで口を挟まずに話を聞いていた真依も、さすがにこの提案には反対する。

「ちょっとミズキくん。そんな野蛮なことはしちゃダメだよ」


「ま、そんな簡単に捕まるなら、楽なんだがな。よし、わかった。とりあえずお前らウチに来い」


 水姫の唐突な提案に何が、なのか理解できない信也が、反論しようとするが水姫に制される。


「竹取さんの状態と信也が何者なのかをうちの専門家に見てもらうから。これでも郡山家は御三家の中では分析家の役割を担ってるんだぜ」


「おい、分析家だか何だか知らないが勝手に…」

 信也の言葉を遮り水姫は話を続ける。


「お前に拒否権はない。断るならすぐさま機関に報告して捕らえてもらう。さすがの信也くんでも国家権力を相手には勝てないだろ。大護が捕まるまで尋問され軟禁生活を送る羽目になってもいいのか?」


「ふざけんな。オレは何もしてないだろ」


「さあな。俺もお前のことはよくわからん。ただ、得体の知れない規律違反者の、得体の知れない息子ってことは確かだ。機関に知らせりゃ間違いなく拘束されるだろうな」


 不安そうな信也とは対照的に

「やったー、お泊まり会だ」とはしゃぐ真依。


 水姫に言われ、初めて自身の体について疑問を持つ信也であった。


 本人に自覚は無かったが、信也は今まで怪我や病気をしたことがない。

単に体が丈夫で運が良い程度に考えていた信也にとっては思いがけないきっかけであった。


 トラックにはねられて無傷だったり、雷に打たれて無事だったり、よくよく思い返せば心当たりが多い。


 逆に何故今まで疑問に思わなかったのか不思議なくらいだ。


「はぁー」

 ついつい大きな溜め息が信也の口から漏れる。


「ああもう、わかったよ。大人しくついていけばいいんだろ。でも学校はどうすんだよ。お前らも学校あんだろ?」


 信也はダメ元で登校を理由に逃げようと試みるが既に先手を打たれていた。


「今更学校なんか気にすんな。義務教育を終えてれば充分だろ。とりあえずは問題ない。俺はもう退学したから」


「いやいやいや、問題あるだろ。転校初日で退学ってどういうことだよ」


「もともと、依頼が目的で編入しただけだからな。それに心配するな。竹取さんに信也の休学届けも出してもらったから」


「はっ?マジかよ。本人不在でどうやって休学にできたんだ」


「意外と簡単だったよ」


 そこで真依が親指を立てて誇らしげに語る。


藁科わらしなさんに『私とシンヤくんはのっぴきならない事情でしばらく学校をお休みします』って言っといたら、すっと受理されたよ」


「おいおい。何でそれで休学届けが受理されるんだよ」


「担任の藁科さんがね『若いうちなら駆け落ちの1つや2つしとかないとな。気にせず行ってこい』って許可してくれたの」


「藁科の馬鹿野郎。税金泥棒が、ちゃんと仕事しろよ」


 事前に休学届けを出したということは、水姫は端から実家に連れ込むこと計画していたのだと信也は気付く。


「仕方ない。オレも自分の事を知りたいし、ここまでされたら諦めてついていくしかないか… 」


「話はまとまったかしら?」

 唐突に信也の背後から、真依とは別の女性の声が聴こえた。


「うおっ、びっくりした」

 信也しんやが振り向くとそこには黒髪の少女の霊が立っていた。


信也しんやくん。驚かせてゴメンね」


「ミズキくんとの話が盛り上がってたから、紹介するタイミングがなくて…」

 真依まいが申し訳なさそうにペロッと舌をだす。


「紹介します。晴れてわたしの守護霊になった、くろちゃんです」

 真依まいが「ジャジャーン」と言いながら、

 黒髪の少女の霊に向けて両手をはためかせる。


「くろちゃんって、まさか髪の色から名前をつけたのか?」

 そこで、信也しんやは、真依まいの雰囲気が変わった理由がようやく分かった。

 栗色だった髪が、やや黒みを帯びた色に変わっていたのだ。くろが守護霊になったことと関係あるのかと信也しんやは思う。


「そうね。この子が勝手につけたのよ。私も生前の記憶が曖昧あいまいだし、名前も思い出せないからそれでいいわ」


 軽く自己紹介を終えた後、信也しんやは本題に話を戻す。

「それで、お前のウチとやらはどこにあるんだよ」


「山奥だよ」

 水姫みずきはニヤリと不適な笑みを浮かべた。

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