3話 譲れないもの
「…シンヤくん。…シンヤくん」
気絶してた信也は、真依に揺さぶられ目を覚ました。
信也が体を起こすと、真依は涙と鼻水を垂らしながら、勢いよく抱きつく。
「いったい何が…」
信也の頭は、黒髪の霊の生前の記憶を垣間見たせいか混乱していた。心の内から深い哀しみが込み上げてくる。
信也の目からは自然と涙が溢れ出ていた。
そこへ水姫が、割れた窓から入ってきた。
ざっと辺りを見回して現状を把握したのか、彼の顔に驚きの表情が浮かぶ。
「まさか…倒したのか?」
水姫の言葉を聞き信也も辺りを見回すと、すぐ近くに黒髪の少女の霊も横たわっていた。
黒髪の少女の霊が敵意を持った悪霊になったのは、あの黒服の男のせいだ。信也の中で、不確かな確信が芽生える。
そんな信也の内心を知る由もない水姫は指を鳴らし水の弾を形成する。
信也はふらつきながらも、水姫の前に立ちはだかった。
「おい、待てよ。この子をどうするつもりだ!」
「どうするって決まってるだろ。消すんだよ」
水姫は顔色一つ変えずに、言葉を返す。
「まだ結界も解けてないし、別の器にでも取り憑つかれたら面倒だ」
水姫は信也の許可は求めていないといった様子で、黒髪の霊に向かって再び指を向ける。
「待ってくれ、この子はもう大丈夫なんだ。だから見逃してくれ」
尚も食い下がる信也に対して、水姫は少し苛ついたように
「なにが大丈夫なんだ?器を壊しても霊はしばらくは活動できるし、新たな器を見つければそのまま消滅することはない。見逃して次の犠牲者がでたらどう責任をとるつもりだ!」
信也は水姫に
「理由は上手く説明出来ねえんだけど…とにかく大丈夫なんだ。それにこの子だって、元はオレたちと同じ人間だ。むやみに消していいはずがないだろ!」
信也の言葉が終るやいなや、水姫は信也に詰め寄り胸ぐらを掴む。
「お前!霊と人間を同列の存在として捉えているのか?その考えは危ういぞ。生者と死者の線引はしっかりつけろ!」
信也は掴まれた胸ぐらから、水姫の手を払いのけた。
反論の余地が無かった信也は、再び水姫の前に立ちはだかることしかできなかった。
「お前のワガママで死人を出すわけにはいかない。避けろよ…さもないと…どうなっても知らないからな」
“
水姫は指を鳴らし水弾を信也ごと、黒髪の霊に目掛けて放つ。
信也は臆することなく、水の弾を素手で全て叩き落とす。
「転校生、お前が何と言おうと、この子は消させない」
信也の言葉を受けてどうしてか水姫の表情が少し和らいだ。
「信也、この際お前が何者なのかはどうでもいい。そこまでの強い意思があるなら、俺はもう何も言わない」
「…だが、俺にも譲れないものがある。だからお前もろとも消す!」
「まるでオレをいつでも倒せるような口ぶりだな、転校生。自慢じゃないが、オレは生まれてこのかた、怪我すら負ったことはないんだぜ。…たぶん」
ヒートアップした2人を止めることは最早誰にもできない。
水姫は両手を叩き弓の弦を引く動作をしてみせる。すると、大気中に水泡が浮かび上がり、意思を持ってるかのように集まり弓が形成されていく。
真依が2人を止めようと叫んでいる。
しかし、その言葉で止まる2人ではなかった。
“
水姫がそう叫ぶと、今度は水で矢が形成されていく。
そのまま信也目掛けて、勢いよく矢は放たれた。
信也も同時に右ストレートを繰り出す。
すると、信也の突きだした拳から、白い
信也は先刻から何の疑問も持たずに、この訳の分からない力を行使している。
放たれた水の矢と白い靄が衝突し、目映い光が
発光の
水姫が再び両手を叩く。
叩いた箇所から両手で何かを掴み引き抜いた。
水が刀を成し左手には本差、右手には脇差が握られている。
“
水姫は そのまま
信也も負けじと拳打で応じる。
「2人とも、いい加減にしてよ!」
真依が泣きながら叫んでいる。
そのの叫びも虚しく、二刀と拳が衝突する。
激しい光と共に信也とみずき姫は互いに吹きとばされ、廊下の壁に衝突する。
その直後、校舎全体が揺れだした。
すると…突然、真依と要の真上の天井が崩れ落ちた。
「真依っ!」
「しまった!」
信也と水姫が同時に叫ぶ。
激しい振動と共に土煙が舞い上がる。
徐々に土煙が収まり視界がはっきりすると、なんと真依の下半身が瓦礫に埋もれていた。
気絶していた要は運良く倒壊に巻き込まれずに済む。
信也と水姫は即座に争いを中断して真依の元へと駆け寄る。
「すまない」
水姫は、ここにきて初めて悲哀の表情を浮かべた。
「あれっ?不思議と痛くないや」
真依はそう言うが、体は徐々に透け始めている。
「おい転校生、これってどうなるんだ!霊体なら瓦礫ぐらいで死なないよな」
信也は必死になって水姫に詰め寄る。
「この校舎全体に
講義中に専門用語を多様し、置いてきぼりになる学生への配慮に欠けている大学教授よろしく、信也への配慮は微塵も感じさせないまま、水姫は説明を続ける。
「
水姫は苦悶の表情を浮かべそう告げた。彼なりに、現状に対する責任を感じているのだろう。
「何を言ってるかわかんねえけど、つまり死ぬってことか?どうにかなんないのかよ…真依っ、真依っ」
信也は泣きながら真依の名前を呼び続ける。
「もう…シンヤくん。ワタシはおばあちゃんじゃないんだから、そんなに大きな声を出さなくても聞こえてるよ」
どこまでもマイペースな真依であった。
そんな時、黒髪の少女の霊がいつの間にか真依の前に立ち、見下ろしていた。
「ごめんなさい。私の…せいね」
黒髪の少女の霊は今までとは別人…、別霊のような穏やかな雰囲気で謝罪の言葉を述べる。そして全身が髪の毛となり、真依の
そのまま、紙に染み込む墨汁のように真依の体に浸透していった。
するとどうしたことか、消えかかっていた真依の
「まさか、
水姫は驚きの声を上げる。
黒髪の少女の霊は真依の中から煙のように抜け出てきて、今までの悪意など微塵も感じさせず穏やかな口調で答える。
「そうよ…私も何で人を襲っていたのかよく分からないの。あなた達には迷惑をかけたわね。結界も今解くわ」
黒髪の少女がそう言うと、学校を覆っていた黒いもやが消え去る。
直後に気を失っていた要の
そのまま白く丸い光となって、何処かへと飛んでいく。
「いったい、なにがどうなったんだ。真依は助かるのか?」
信也は展開についていけずに混乱していた。
それを見かねて黒髪の少女の霊が補足をいれる。
「私がこの
黒髪の少女はそう説明するが、信也には馬の耳に念仏状態だ。
水姫は真依の下半身に積もった瓦礫を、難なく持ち上げ動かし始めた。
「とりあえず、なんとかなって良かった。俺は疲れたから帰って寝る」
水姫は、ぶっきらぼうにそう告げると大きく背伸びをした。
「おい転校生。この霊はもう消さないのか?」
「ああ、一度、守護霊になったら成仏するか、器を変え別の人の守護霊になるかのどちらかだ」
「自身の怨みや悔恨、生への執着を昇華させなければ守護霊になれない。だからこの霊はこれ以上、誰かに危害を加えることはないんだよ」
「なるほど、よくわからんがとにかく大丈夫なんだな」
信也はどっと体の力が抜け、その場にへたり込む。
「おい、黒いの。聞きたいことが山ほどあるから、覚悟しとけよ」
水姫は黒髪の少女の霊にそう言い残すと振り返ることなく去っていった。
黒髪の少女の霊は何も言い返せないのか、うつ向いたままだ。
「じゃあね、シンヤくん」
真依は、信也に手を降りながら光となって空の彼方へ飛んでいった。
後日判明したことだが、真依と要以外にも校舎内に捕らえられていた女子生徒達が居たらしく、水姫が信也たちの元へ駆けつける前に救い出していた。
校舎内での悲鳴が多かったこと、何かが割れるような音がしていたのは水姫が原因であった。
こうして、彼らの長い夜は幕を閉じる。
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