第53話 私の負けです

 まりんが差し出した小瓶をセバスチャンが受け取る。その情景を眺めつつ、シロヤマはひとり、考え事に耽っていた。

 おい待て。まりんちゃんがセバスチャンに差し出したアレって……

 考えつつも、たった今、まりんが細谷に解毒剤を飲ませたところまで記憶を遡ったシロヤマは突然、はっと何かに気付いた。

「待て、セバスチャン!」

 まりんのところへ駆け寄りながらもそう叫んだが、時既に遅しであった。

 片膝をついたまま、コルク栓を抜いたセバスチャンはグイッと、癒しの薬を呷った。

NOノォーォォォォ!!!!」

 怖れていた事が起きてしまい、顔面蒼白になったシロヤマが絶叫する。

 セバスチャンのヤロォ……まりんちゃんとの、間接キスしやがったっ……!

 そう、心の中で悔しがったシロヤマにとってそれは、まりんが細谷にキスをした時に次いで、大きなショックであった。

 空になった小瓶を手に、徐に立ち上がったセバスチャンが冷やかに口を開く。

「死神の弱点を食らわし、そのままにしておけば良かったものを……この私を生かしたこと……あなたはきっと、後悔しますよ」

「そうかもね」

 真顔で告げたセバスチャンを、まりんは冷めた笑みを浮かべて見詰めながら返事をした。

 そして、しばしの沈黙が流れた後、唐突に口を開いたセバスチャンが尋ねた。

「ひとつ、よろしいですか?」

「なに?」

 そう、まりんは冷めた笑みを浮かべたまま応じる。

「癒しの薬の存在を、どこで知ったのです?」

「私が以前、かかっていた病院の医師が教えてくれたの。

 死封の力に弱い死神のために開発された薬がある。それが癒しの薬だとね」

「薬の調合も……その医師から教わったのですか?」

「そうよ。口頭だったけど……とにかく紫系の色をした解毒剤なら、神力を加えると癒しの薬になるって、医師は言ってたわ」

「……」

 淡々と質問に応じるまりんに返す言葉が見つからず、セバスチャンは押し黙ってしまった。

 やがて、フッとキザな笑みを浮かべ、ひとり納得した様子でセバスチャンはぽつりと呟く。

「なるほど……そういうことでしたか」

 徐に片膝をついたセバスチャンは呆然と佇むまりんの右手を取り、キスをした。

「私の負けです。赤園まりん。約束通り、今をもって、私との契約を解除させていただきます」

 顔を上げ、まるで忠誠を誓ったかの如く穏やかに微笑むセバスチャンがそう言うのを、まりんはしっかりと聞いたのだった。

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