第35話 決意と決断Ⅱ

 シロヤマが、穿いているダークスーツの、パンツのポケットに両手を入れて、すたすたと細谷の方へ向かって来る。

 ぐっと身構えた細谷の脇を通り過ぎる直前、俯き加減で前を向いたまま、シロヤマは口を開いた。

「俺が彼女に鎌を向けたら、一発で仕留めろ」

 素っ気ないこの言葉に、はっとした細谷は目を丸くした。

「待て!シロヤマッ……!」

 衝撃が走り、今置かれている自分の立場を忘れて、振り向きざまに叫んだ細谷の顔が激痛に歪む。

「一瞬の隙が、命取りになる。加えて、敵に背中を向けるのは、自殺行為に等しい……

 戦闘において基本中の基本を、あなたはまだ、習得しきれていないようですね」

「……」

 冷酷なセバスチャンの不意打を食らい、負傷した左肩を右手で押さえながら、くっ……と細谷は歯噛みした。


 珍しく見せたセバスチャンの、ほんの一瞬の隙をつき、思い切り地を蹴って宙を飛んだ細谷はすぽんっと、上空に張られている金色の結界の中に飛び込んだ。

「やっぱり、来やがったか」

 まるで、細谷が結界の中に飛び込んで来るのを予測していたかのような口振りで、老剣士が静かに呟いた。

「しょうがないだろう。今の俺じゃ、力不足なんだからよ」

力不足それを実感して、こっちに避難してくるたァ、お前さんにしては賢明な判断じゃねェか」

 にやりとした老剣士はそう、嗄れ声で振り向かずに返事をした。

 この老剣士、見た目はいかついが、相手のことを思う優しさを兼ね備えている。

「あんたが張る結界の中が一番、安心だからな」

 淡々たんたんと返事をした細谷はそれ以降、口を閉ざした。

 今は、これでいいんだ。ここで、時が来るのを待つ。

『俺が彼女に鎌を向けたら、一発で仕留めろ』

 シロヤマ……あいつ、一体なにを考えてやがる。

 一時休戦モードに入った細谷は、焦る気持ちを抑え平常心を保つと、時が経つのを待った。


「いい加減、諦めたらどうだい?」

イヤよ!」

 フンッと意地悪な笑みを浮かべて降参を勧めるシロヤマに、まりんは憤然と拒否した。

「そっちこそ、諦めたら?」

「そんなのお断りだね」

 素っ気なく勧めたまりんに、シロヤマはポーカーフェースで断った。

 いくら神様が傍についているからとは言え、紅蓮の炎すざくを操る赤園の気力、体力が尽きるのも時間の問題だ。

 赤園が隙を見せたその一瞬……シロヤマは確実に仕留めにかかる。その時が狙い目だ。

 魔力が発動し、右手に持つ槍がぐにゃりと弓矢に変形する。

 木製の弓に白羽の矢をつがえ、細谷はシロヤマに照準を合わせた。

 望み通りにしてやるよ。悪鬼と化した、この俺の手で。

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