第29話 立場

「一瞬とは言え、対戦相手に隙を見せるとは……失望しましたよ。ガクトくん」

「セバスチャン……」

 振り向きざま、シロヤマに軽蔑の眼差を向けたセバスチャンの、しごく冷やかな言葉。

 ポーカーフェースでセバスチャンを見据えるシロヤマの顔に、緊張が走る。

「後は、私が引き受けます。あなたはこのまま、先へ進んで下さい」

「……悪いが、そいつは後回しだ。細谷との決着がまだ、ついてないんでな」

 張り詰める空気が漂うなか、シロヤマはばつが悪そうに返事をした。その時だった。

「お忘れですか?今のあなたには、無し遂げなければならない、最優先すべき使命があることを」

 いきなり、頭から冷水を浴びせられたような感覚が、シロヤマをはっとさせた。

 セバスチャンが氷のように冷たい口調で問いかけたのを機に、シロヤマの頭上に漂う空気の流れが残酷に変わった。

「今のあなたには、先へ進む以外、選択肢はないのです。

 分かったら、早く赤ずきんののところへ行って下さい」

「けどっ……」

「もうこれ以上、死神総裁の肩書を持つあのお方は待ってくれないでしょう……

 あたながぐずぐずしている間に先を越されても、文句は言えませんよ」

 セバスチャンは手厳しい。

「くっ……分かったよ」

 威圧的なセバスチャンの脅しに怯み、苦渋を味わったシロヤマは渋々しぶしぶ応じた。

 立場上、セバスチャンには逆らえない。

 むろん、死神結社の総裁ドンであるカシンにもだ。

 セバスチャンを背に、俯き加減でゆっくりと歩き出したシロヤマは悔しさのあまり、歯噛みした。


 畏縮するような独特の雰囲気を漂わせ、前方からシロヤマがこちらに向かって来る。

 シロヤマの目的は赤園まりんの魂を回収すること。

 頭でそれを理解していながら、細谷は面前にまで迫るシロヤマに迎撃出来ずにいた。

 何故なら、少しでも動けば殺す。と言いたげに眼光鋭く睨めつけるセバスチャンが、殺気を放ちつつ、細谷にプレッシャーをかけていたからだ。

 シロヤマが、穿いているダークスーツの、パンツのポケットに両手を入れて、すたすたと細谷の脇を通り過ぎた、その一瞬。細谷ははっとした。

「待て!シロヤマッ……!」

 衝撃が走り、今置かれている自分の立場を忘れて、振り向きざまに叫んだ細谷の顔が激痛に歪む。

「一瞬の隙が、命取りになる。加えて、敵に背中を向けるのは、自殺行為に等しい……

 戦闘において基本中の基本を、あなたはまだ、習得しきれていないようですね」

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