第14話 誘惑

「……っ!」

 まりんの心臓が、あわや爆発するところだった。

 セバスチャンの顔が離れた時でさえ、心臓が早鐘を打っていた。

「頬に軽くキスをしただけで、こんなにも赤面するとは……やはり、女の子ですね」

 くすくすしながら馬鹿にしたセバスチャンに、憤慨したまりんは大声を張り上げた。

「お、女の子を馬鹿バカにしないで!あと、めないでよね!」

「失礼。馬鹿にするつもりはなかったのですが……」

 セバスチャンは軽く詫びると、改めて口を開く。

「今度は本気で参ります。御覚悟は、宜しいですか」

 冷酷に言い放ったその顔には一切、笑みは浮かんでいない。

 情け容赦ない彼の顔が、だんだん近づいて来る。


 助けて。


 完全に逃げ場を失い、身動きひとつ取れないまりんは、切に願った。

 助けて。細谷くん!

 右目から零れ出た一粒の涙が、頬を伝って流れ落ちた。

 そして、まりんの唇が奪われる寸前。背後に忍び寄った細谷がガバッと、まりんの口を手で塞いだ。

「させねぇよ」

 ぎりぎりのところで後ろから手をまわし、最悪の事態を回避した細谷はそう、セバスチャンを眼光鋭く睨め付けながら言った。


 神様を信仰してるわけじゃないけれど、神様は本当にいるのかもしれない。

 細谷くん……助けに来てくれた。

 祈りが天に通じた。奇跡が起きた。颯爽と現れた細谷の声に、胸を躍らせたまりんは心底安堵した。

「これはまた、いいところで邪魔が入りましたね」

 細谷に邪魔され、一歩引いたセバスチャンが冷やかな笑みを浮かべてそう呟いた。

「これが、邪魔をせずにいられるか」

 セバスチャンを睨め付けたまま、細谷はすかさず

「赤園は俺の大事な彼女ひとだ。気安く手を出すな」

 凄みを利かせて言葉を付け加えた。

「大事な彼女ひと……ですか。そう言う割には、出来てませんよね。大切な彼女を護ることが」

 冷酷な笑みを浮かべて最後に強調したセバスチャンの言葉が、はっとする細谷の胸に突き刺さった。

 細谷の反応を見て、セバスチャンは図星だと悟った。

「実に分かりやすい。今の言葉で動揺してしまうようでは、容易に他人に心の中を見透かされてしまいますよ」

「黙れ」

 腹が立つくらい正論を口にしたセバスチャンに、唇を噛み締めた細谷はどすの利いた声で威嚇する。

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