第12話 helpme!Ⅰ

 細谷くんとの契約が解除された。それも、強引なやり方で。

 セバスチャンにハグされたまま、まりんは底知れぬ恐怖に駆られた。

「怖いですか?」

 まりんの心を見透かしたセバスチャンが、まりんの方に視線を落としつつ、静かに尋ねる。

「怖くない。と言えば、嘘になるわね」

 セバスチャンの体に左頬をくっつけたまま、視線を下に落としたまりんは冷静に応じた。

 フードを被った赤いロングコートの、華奢きゃしゃなまりんの体が恐怖で震えている。

「怖がらなくても大丈夫。今はまだ、慣れていないだけ……時が経てば、全て解決します。それまでの辛抱ですよ」

 体を通じて、まりん彼女のいろいろな感情が伝わってくる。

 セバスチャンは切ない表情をすると、愛情を籠めてまりんを慰めた。

「やけに、優しいじゃない」

 刺々しいまりんの声。ふっと微笑んだセバスチャンはやんわりと応じる。

「男性には厳しく、女性には優しく。それが私のモットーですので」

「どこまでも、紳士的な人」

 冷たい笑みを浮かべて、まりんは言った。その声は若干、柔らかい。

 彼に心を許したわけではない。ただ、知られざる彼の一面に触れたような気がして、なんとなく安堵したのは確かだが。

「それはそうと……」

 頬笑みを絶やさず、セバスチャンは唐突に話を切り出した。

「晴れて両想いとなった細谷くんとは……どこまでいってるんです?」

「……っ?!」

 思いがけないセバスチャンの質問。不意打ちをらい、衝撃を受けたまりんは頭が真っ白になった。

「どこまでって……い、言えるわけないじゃない!」

 まりんは、憤慨したように叫んだ。その反応を見て、セバスチャンは楽しむように返事をした。

「ならば、当てて御覧に入れましょう」

 セバスチャンは微笑むと、徐に片手をまりんの右頬に添えた。

 清潔な白手袋で覆われた、不思議な手の感触が頬に伝わってくる。

 条件反射で見上げたまりんの耳元で、体勢を低くしたセバスチャンが何事か囁く。

 忽ち赤面したまりんは思わず、両手でドンッと、セバスチャンの体を突き放した。


 ――細谷くんとは、キスまでした仲ですね――


 まりんの耳元で確かに、セバスチャンはそう囁いた。

 知ってる。

 愕然としたまりんは絶句した。

 知ってる。私が細谷くんとキスしたこと。ここで、細谷くんに告白されたことも。

 おそらく、誰にも気付かれない場所で密かに、それを盗み見ていたのだろう。

 セバスチャンの大胆不敵な言動に、まりんは激しく動揺した。

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