第9話 俺の名前Ⅲ

 一瞬のうちに気が散った細谷が、自身で結界を解いてしまい、隙を見せる。

「いちいち気色悪いんだよお前は」

 離れろ!

 眉をひそめ、不愉快そうに細谷は言った。

 いいなぁ……楽しそう。

 二人のやりとりを見ていたまりんは内心、心細そうに羨ましがった。

「それにしても、死神の彼。一体どんな名前なんだろう」

「気になりますか?」

 背後から突然、爽やかな青年の声がした。

 はっとしたまりんは、条件反射で振り向く。

 耳にかかるくらいの、ゆるふわにウェーブした銀髪。

 色白で、瑠璃色の目をした、優しい顔の青年がにこやかに佇んでいた。

わたくしなら知っています。あそこで人間とじゃれあう死神の名前を」

 この人……不思議な感じがする。

 両手を後ろに組み、にこやかに話しかけるその人に、何故かかれるものがあった。

「その前に……あなた、誰?」

「申し遅れました。私はセバスチャンと申す者。以後、お見知りおきを」

 セバスチャンは片手を胸に添えると、丁寧に頭を下げた。

 白抜き十字のロゴが入った、瑠璃色のスカーフをネクタイ状に結わいている白シャツと黒ベスト、そして灰色の燕尾服に身を包んだ容姿端麗ようしたんれいの青年。

 やんわりと微笑むセバスチャンはまるで、『なんでも出来る上質な執事』のように見えた。

「セバスチャン……さんは、ご存じなんですね。あそこにいる、彼の名前を」

「ええ、彼とは何かと、ご一緒することが度々たびたびありますので」

「それなら、教えてください。彼は、なんと言う名前なのですか?」

「それは……」

 不意に真剣な表情になったまりんの問い。

 じゅうぶん溜めてから、セバスチャンは微笑みを絶やさず、返答した。

「ガクト・シロヤマ。これが、彼の名前です」


 意外にかっこいい名前っ……!


 嫌がる細谷と戯れる死神の名前を知ったまりんは、それ相応の名前に拍子抜けしつつも、衝撃を受けたのだった。

 相手の名前はガクト・シロヤマと言う、なんともかっこいい名前だった。

「それならそうと、早く言ってくれればいいのに」

 誰に言うでもなく、顔をやや下に傾けたまりんは残念そうに呟く。

「ただ単に、名乗るタイミングを逃していたのだと、思いますよ」

 優しく微笑みながら、セバスチャンは言った。

「彼にも、悪気はなかった筈です。そして私も……」

 意味ありげに言葉を区切ったセバスチャン。徐にまりんに近づき、ぐっと体を引き寄せた。

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