3「何なのじゃジイもロビンも!」

  それから三日あまり、冷戦状態が続いた。


 まさに冷戦。城内は恐ろしいほど静まり返っている。

 皇帝ニールセンのいる新宮も、広大な中庭を挟んだ皇后ジルのいる西宮も、重苦しい空気が立ち込めている。




 先帝の一年忌は明日である。


 珍しく淡々かつテキパキと、日常の皇帝執務をこなしたニールセンは、うかない顔でため息をついていた。

 意地を張っているのは傍目から見ても明らかだ。

 ロビンは決裁した書類を整頓しながら、言うべきか言わざるべきかひたすら悩んでいた。

 しかし現状を打開するためには、なぜジルがニールセンの寝所ににラスビーを入れたのかという『理由』を本人に教えなければなるまい。

 今回の一件は明らかにニールセンの『無知』が引き起こしたものだからだ。



 もちろんニールセン一人を責められない。

 教育係であるピンガや、側に控える小間使いのロビン少年にも責任はある。

 ニールセンに教えていなかったというのはもとより、皇后ジルにニールセンの『無知』を伝えなかったことが、そもそものすれ違いの始まりなのだ。


 しかし、どう話を切り出してよいものやら。

 ロビンは悩んだ挙句、本題をすっ飛ばし、ロビンなりの結論をぶつけた。




「ジル様に――頭を下げてください、ニール様」


 執政机に肘杖を付いたままのニールセンの顔を、ロビンはうかがうようにして見た。

 皇帝陛下持ち前の美しく透き通った深い青の瞳が、落ち着きなく動いている。動揺を隠しきれていない。


「なぜ余が頭を下げねばならぬ? 余はこの国の皇帝ぞ?」


 もちろんニールセンは納得がいかない様子だ。



 そこへピンガじいがやってきた。

 いつものしゃがれ声を張り上げて、執政室の中へと入り込む。


「もちろん下々の者どもに頭を下げる必要はございませんぞ。しかし、皇后とあらば話は別――」


 外で立ち聞きでもしていたのか、ピンガじいは突然会話に入ってくる。


「そもそも陛下、后を娶ったのはお世継ぎのご誕生を切に願ってのこと……というのは忘れておりませんでしょうな?」


 ニールセンの目の前にはロビン少年とピンガじい。

 いつの間にか両脇から責め立てられる格好になっている。


「忘れておるどころか、そのような話、端から聞いておらぬわ」


 ニールセンはツイと顔をそむけた。二人から頭を下げろ下げろと攻め立てられ、どうやら機嫌を損ねたらしい。

 ピンガはニールセンの子供じみた態度に半ば呆れ、ため息をついた。

 なるべく穏便にことを済ませようと思っていたが、そうもいかないらしい。

 ピンガは言いにくそうにして皇帝陛下へ告げた。


「このまま世継ぎが誕生する見込みがないのであれば、陛下には別な后をめとわせねばならないというのが、元老院の長老会議での結論ですぞ」



 ニールセンの表情が一変した。

 唖然とし、じいの顔を振り返り食い入るように見つめている。


  ――なにやら聞き捨てならない一言をいま、このじいは口にした?


「別な后とな? ……な、な、何を言うておるのじゃ? では、皇后はどうなるのじゃ!?」


「皇后不適格として、出戻ってもらうことに――なりましょうなあ」



「いやじゃ」


 ニールセンは、両コブシで執政机を力任せに叩きつけた。

 相当痛かったらしく、あおおおぅ、などと情けない声をあげ、椅子から転げ落ち床上をのたうちまわっている。

 ロビンは急いでニールセンを助け起こしながら、なおも説得を続けた。


「でしたら! お願いですから、ジル様に謝ってください、ニール様!」


「いやじゃ」


「明日行われる先帝の一年忌に、連れ立って出席なされば元老院の方々も思い直します! ジル様を説得してください!」


「悪いことなど何もしておらぬというのに、なぜ余が皇后を説かねばならぬのじゃ?」


 ニールセンの態度は頑なだ。頭に血が上ってもはや冷静な判断力がなくなってしまっている。

 もはやじいは説得するのを諦めたようだ。


「では、別な后でよろしいんですかな?」


「何なのじゃジイもロビンも! 余はもう何がなんだか訳が解らぬ。もうよい下がれ、下がらぬか!」



 ――悪いことなど、何もしておらぬ。


 ピンガじいとロビン少年は互いに顔を見合わせ、ニールセンの悲痛な叫びをただ聞く他なかった……。

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