9「これ一枚で充分ですわ」
「どうしたらよいであろう、ロビン?」
ニールセンはオツムの弱さが致命的。すべてを選ぶのは簡単でも、多者択一というのは比較する力が必要なのだ。ニールセンに著しく欠如している能力だ。
しかし、救いを求めた影武者少年には冷たくあしらわれ――。
「知りませんよ、ニール様が決めてください。元はと言えばニール様が自分のカードを皇后様にさしあげたいという我儘から始まったんですからね!?」
ニールセンは、もはやそのことを失念していた。
ロビンはそんな身勝手な皇帝を諌めるため、そしてこの三日間の鬱憤を晴らすために、あえて皇后ジルの前で、ニールセンに対する嫌味を込めて言った。
「カッコいい余の姿をいつでも皇后に見てもらえたなら、余のことを気にいってくれるであろうか? とか、あ、そんなコトは言ってませんでしたっけ。なんせ、とあるお方のお陰で睡眠不足なもので」
ロビンの言葉を聞き、ジルは驚いたように目を瞠った。そして、ニールセンのほうを振り向いて、はにかむように首を傾げてみせた。
「まあ……そうなのですか?」
「な、な、なにを申すかロビン……いや、余はただ、その」
ニールセンの顔は赤くなったり青くなったり白くなったり、もはや失神寸前だ。
そのときである。
絵描きが突然前に進み出た。そして絵筆を縦にし、そのままニールセンとジルの周りを怪しく動き、キタキターっ、と叫んで胸ポケットからカード用の紙を取り出すと、一心不乱に何かを描きつけ始めた。
その鬼気迫る形相には、ニールセンやジルはもちろん、ロビンもただ唖然とするばかり。
しばらくその様子を皇帝、皇后、影武者の三人は見守っていた。
やがて。
「はい、出来ましたよ。これこそ当たりのカードに相応しいでしょう? 俺からのお祝いとして、その分の料金はいただきませんので」
「おお……これは」
「まあ、素適ですこと」
そこには、皇帝陛下と皇后陛下の二人並んだ姿が描かれていた。
カードの中の二人は、壮麗な婚礼の儀の華やかな礼装に身を包んでいる。
二人とも影武者を仕立て婚礼の儀をすっぽかしたため、実際にはありえなかった構図だ。
衣装も細部まできちんと再現されている。
ジルはニールセンに寄り添い、カードを二人で見えるようにした。
「本当なら、こうなるはずでしたのにねえ、陛下?」
触れ合う腕と腕に、お互いの温もりを感じる。
ニールセンは小さな子供のようにウン、と頷いた。
どうやらこれで丸く収まるようだ。ジルが満足すれば、ニールセンは本望なのだ。
「では皇后よ、このカードを当たりとしてここに加えてもよいか?」
「加えるだなんてそんな」
ジルはニールセンの顔を見つめ、大きな瞳を瞬かせた。二人並んだカードをしっかりと握り、誰にも取られぬようにしっかりと胸へ押し付けている。
よほど気にいったようだ。ニールセンも満足だ。
もちろん、ロビンも画家もここまで苦労した甲斐があるというものだ。
しかし忘れてはならない。皇后ジルは「天然もの」の浮世の人であることを――。
「これ一枚で充分ですわ。あとのものはもう結構です。欲しい方に差し上げてくださいな」
ジルがなんとも爽やかな笑顔を見せている。
ニールセンもつられてはにかむように微笑んだ。
「そうか。ではロビン、皇后の言うとおりにせよ」
「…………え? ええっ!?」
ロビンは初めて、一国の財政を傾けたとされる美しき少女ジルの恐ろしさを見せつけられたのだった……。
――ああ、六万キュール。
百キュール金貨六百枚が羽をつけて飛び去っていく幻覚と、ヴィンレットの満足げな顔が、ロビンの頭の中を錯綜していた。
(第二話【お絵描き編】 了)
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