8「無茶言わないでくださいよニール様!」
三日後――。
皇帝ニールセンはロビンの報告を受け、西宮にいる皇后ジルのもとを訪れた。そして、二人は連れ立って東宮へと出向いた。
顔料の生乾く独特のにおいが辺りに漂っている。
廊下を挟んだ各部屋には、椅子に身を投げ出すようにして眠っている力尽きた絵描きたちの姿が――まさに修羅場明けだ。
そしてもっとやつれたこの少年。
ロビンはこの三日間、まさに不眠不休で働いていた。新宮で皇帝とともに通常の業務もこなし、少しでも空いた時間は東宮へと走り画家たちの要望を聞き、ヴィンレットの相手(これが精神的重労働)をして、出来たカードのチェックと整頓もすべて引き受けていたのだ。
頬はこけ、目の下のクマには哀愁すら漂う。
それもこれも皇帝ニールセンの命令のためだ。
いやきっと、元凶は皇后ジルのほうなのだが……。
先帝時代の執政の間に完成品はすべて揃えられていた。
テーブルに皇帝アリエス家の紋章入りの青いクロスを掛け、その上に百枚ずつ重ねられたカードの山が十二個、きちんと整えて置かれていた。
「ニール様、こちらが皇后様ご所望の「城内勤務者カードセット」となります」
ロビンが仰々しく言った。非公式なものだが一応『皇帝陛下に献上』ということになるため、それなりの対応をするように気を利かせたのだ。
そして、すべての画家プラスにわか絵描きを代表して、あの自称大陸イチの画家が執政の間に姿を現した。
「出来にバラつきはありますが、主要人物は私が責任を持って描かせていただきました。久しぶりに魂が削られるような仕事でした。刺激的で楽しかったですよ」
全身顔料まみれで、ツタのような髪は四方八方に乱れ、その「魂が削られた」という言葉があながち間違いではないことがうかがえる。
ニールセンは揃ったカードを見て満足そうに微笑んだ。
「おお、思うていたよりもたくさんあるではないか。皇后よ、これを如何ようにするつもりじゃ?」
一方のジルは。
いまひとつ盛り上がりに欠ける反応だ。
「そうですわね……同じ物がもう一組あれば『絵合わせ』遊びができますわね。そうしたら陛下、ご一緒にカード遊びをしていただけませんこと?」
ドキドキドキドキ。ニールセン、ときめきの恋の心拍数上昇中――。
ドキドキドキドキ。ロビン、なんだか嫌な予感の心拍数上昇中……。
「『絵合わせ』とな? 余はその遊びを知らぬぞ?」
「教えてさしあげますわ。きっと楽しいですわよ」
「そうか。ではロビン、同じ物をもう一組作らせよ」
やっぱりバカ。やっぱり病気。
この状況を見て尚、もう一組作れなどと平気でのたまえるのは、浮世の人間だけだ。
「無茶言わないでくださいよニール様! じいさんを騙しておくのも限界だっていうのに」
そう。
それにピンガに隠している以上、ヴィンレットへの借金がかさむばかりなのだ。
宿敵の叔父にお金を借りたことを知れば、きっとこの上ない癇癪を起こしてしまうだろうが……。
ジルは長老たちのカードの山を数十枚確認し、ようやくロビンの言葉に納得したようだ。
「ああ、そう言われてみますと、ピンガ大臣様のカードはございませんのね。では、もう一組作る代わり、大臣様のカードを特別な当たりカードとして加えてくださいませんこと? そうすれば『大臣めくり』の遊びができますわ」
ジルは傍らのニールセンを見上げ、にっこりと楽しそうに微笑んだ。
究極の選択を今まさに迫られている。
あと三日間城にこもり、ジイにばれぬようもう千二百枚の絵を描くか、あと一枚ジイをモデルにしたカードを加えるか――。
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