7「僕の給料三年分以上ですよ!!」
ニールセンほど浮世離れをしていないつもりのロビンだったが、こういう時に自分が世情に疎くなってしまっていることに気付かされる。
正直なところ、ロビンの見積もりではカード一枚が二、三十キュール程度だとふんでいたのだ。
少しずつ、暗雲が立ち込めてくる。なんだか嫌な予感がプンプンと……。
冴えない顔のロビンを見て、ヴィンレットの表情は逆に明るくなる。揉め事厄介事の匂いを嗅ぎ取り、気分が高揚しているようだ。さすがは閑人だ。
「宮仕えも大変だねえ、ははは。何なら陛下の影武者なんか辞めてうちへ来るかい? ロビンちゃんはなかなか有能だから今の倍、月に三千キュール出すけど?」
「ぐらり。…………いやいや。そんなことしたら確実に首と胴体が離れちゃいますよ」
一瞬でも揺らいだ心をロビンは恥じた。恥じたというよりも、ニールセンの情けない顔が脳裏に浮かび、自分が皇帝ニールセンと切っても切れない運命共同体であったことを思い出しただけなのだが――。
「そんなの口だけだよ。あいつは癇癪持ちだけど、血生臭いことは嫌いだからね。ま、監獄に入れられて一生出て来れないくらいかな」
さすがは皇帝の叔父。ニールセンの気性を的確に捉えている。
ヴィンレットと会話を交わすうちに、ロビンはふとあることに気が付いた。
それは、最も重要なこと――。
「ということはですよ? 千二百枚で一枚五十キュールだと……」
「六万キュールだね」
ヴィンレットのすばやい計算能力に感心しつつ、その金額の大きさにロビンは思わず卒倒しかけた。素っ頓狂な大声を上げ、手にしていたヴィンレットの上着を床に落としてしまう。
「僕の給料三年分以上ですよ!! どこからそんな大金出せって言うんですか……」
ロビンは頭を抱えウウムと唸った。
なんとしたことか。もはやこれまで。
苦悩するロビン少年をよそに、ヴィンレットは淡々と絵筆を動かしている。
「そんな、ニールセンのやつに払わせればいいじゃないか。ちょっとロビンちゃん、僕の上着ちゃんと掛けといてよ? ……ああ、はみ出た。紙、もう一枚」
失敗した紙をテーブルの端に寄せ、ヴィンレットはロビンに向かって左手を差し出した。
ロビンはため息をついた。
新しい紙をヴィンレットの手の上に載せ、もう一つ深いため息をついてみせた。
「内緒なんですよ、困ったことに」
画家を一人呼んで数枚の絵を描かせる程度なら、消耗品の経費に紛れ込ませることも出来たが、いつの間にやらコトが大きくなりすぎた。もうロビンの手には負えないくらいの金額に膨れ上がっている。
「え、そうなの? ピンガじいさんに言ってないんだ。じゃあ、城の金庫は絶望的ってことかい。それにしても……ジル殿もなかなかやるな。さすがは退屈知らずだ。辛気臭い城の中も活気づいてるじゃないか、ははは」
ロビンはようやく自分が落としたヴィンレットの上着を拾い、来客用の外套置き場にそれを掛けた。その持ち主の軽快な笑いを背に、思わず深いため息がもれる。
もう何度目のため息だろう。ニールセンの相手をするよりも、ヴィンレットの相手のほうがため息の回数が多いのは果たして気のせいだろうか。
「アイゼン公、絶対楽しんでますよね……?」
「あ、分かる? ははは。まあ、ロビンちゃんにならお金いくらでも貸すよ? 無利子無期限無催促、でも恩はしっかりと売らせてもらうけどね」
結局のところ、そうなってしまうのか――ロビンは複雑な思いで、またため息をついた。
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