4「これが新らしき境地とな!?」

「何をするのじゃ?」


「少しばかり化粧を施しますので」


「化粧とな!? 余はこう見えても男であるぞ?」


「己が身体も画板に見立てるのですよ、陛下! さあ、新しき境地へ俺とともに出かけましょう!」


 そう言う間にも、色とりどりの小瓶を取り出し、画家の感性に任せてすばやく化粧筆を操っていく。

 ニールセンは慣れぬ感覚に途惑っているのか、微動だにせず、画家のなすがままにされている。


「絵描きさん、あ、あの一応ニール様はこの国の最高権力者ですので、あまり過激なことは、慎んでいただきたいんですけどねえ……」


 ロビンは自分の立場上とりあえず注意を促してみるが、徐々に出来上がっていくニールセンの顔に対する好奇の念が勝ってしまう。

 左右のまぶたはそれぞれ緑と青に染め上げられ、金色の顔料で目の輪郭を縁取りされて。


「なんとも化粧栄えのするお顔でいらっしゃる! さあ、どんどんキタキタぁっ、湧いてきたー!」


「これが新らしき境地とな!? 余はいま、カッコよいか??」


「それこそまさに新境地! いま陛下は輝いておられます!」


 もはや喜劇役者である。

 皇帝アリエス家のの末裔がこのようなテイタラクでは――ご先祖様はさぞかし嘆いているに違いない、と心の中で密かに嘆くロビンだった……。




「随分と楽しそうな陛下のお声が、西宮のほうまで届いておりましてよ」


 男三人が騒いでいる皇帝私室に、美しく透き通った女の声がした。

 その声のするほうを、皆いっせいに振り向いた。

 ゆっくりと開いた入り口ドアから姿を現したのは――。


「皇后ではないか!? なぜかような場所に出向いて参られたのじゃ?」


 十日前にニールセンが皇后として迎え入れた、ジルという少女だった。


「陛下のお顔を拝見したかったという理由では、いけませんの? お邪魔でしたら出直しますわ」


 お輿入れしてからというもの、皇后は『西宮』と呼ばれる建物で暮らしていた。皇帝であるニールセンは広大な中庭を挟んだ『新宮』にいるため、城の中でまともに顔を合わせることは、いまだなかったのである。


 ようは政略結婚なのだ。

 まだ十七になったばかりの娘が借金のかたに嫁いできた――ニールセンはそんな皇后ジルの身の上を案じ、ここの暮らしに慣れるまではあえて距離を置き、当たらず触らずの暮らしを送れるよう、篤く取り計らっている。


 だが、しかし。

 ニールセンだって、まだ十八になったばかりの青年だ。

 年頃の美しい娘を形だけでも皇后として迎え入れて、気にならないわけがない。

 現に今、ニールセンは突然目の前にあらわれたジルを見て心拍数が跳ね上がっていた。



 つやのある栗色の髪は腰まで真っ直ぐ伸び、前髪は銀の髪飾りで押さえてある。ドレスのデザインは簡素だったが、生地は上質な薄紫で滑らかな光沢を放っていた。

 そして何といっても、完璧に整ったその美しい目鼻立ち。見るものの心を確実に奪ってしまう。


 もちろんニールセンも例外ではなかった。クギ付けである。

 その美しい緋色の唇から『陛下のお顔を拝見したかった』などと言われ、ニールセンはすっかり落ち着きをなくしてしまっていた。


「あ……い、いや……よう参られた。おひとりか?」


 どもりながらそう言うと、皇后ジルは優雅に微笑んでゆっくりと頷いてみせた。

 自分のためにわざわざ一人で、ジルが西宮からここ新宮までやってきた――そのことが、ニールセンをひどく舞い上がらせた。

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