3「なんと素晴らしい……余は心震えたぞ」

 ニールセンは持ち前の猜疑心の強さを、露骨に顔に出していた。

 なんと言っていいものやら。

 皇帝私室に通された男は、ニールセンが認識する画家という職業の風貌とは、えらくかけ離れていたのだ。


「まことに……まことにこの者が? ロビン、余にはどこぞのイカれた遊び人にしか見えぬぞ」


 ううむ、とロビンは唸った。確かにニールセンの言う通りなのだ。


 日に焼けた飴色の肌に、ツタのように絡まった黒い髪。それは頭のてっぺんでまとめられており、そこから色とりどりの貝殻の飾りを垂らして、耳障りな音を発てている。

 すすけた茶色の旅服は異国の文字をかたどった白い模様で全身埋め尽くされており、まともに向き合うと目がチラチラするのだ。


 珍妙なのはその出で立ちだけではなく、その画家本人もなかなかの変わり者らしい。

 なんとその画家は、失敬にも皇帝ニールセンを指さして、豪快に笑ってみせた。


「わはははは、これはこれはご冗談がお上手! ご安心ください。俺はこう見えても大陸イチの生真面目な正直者でこの辺りじゃ通っているんですから」


「大陸イチなのに、この辺りでしか通っていないって、……辻褄が合ってない気がしますけど?」


 ロビンは早くも不安一杯だ。



 今やカード絵師は引く手数多。あまりにも名の通った画家を城に呼び寄せては、どうしても目立ってしまう。

 そこでロビンは知り合いの画家に頼んで、新進気鋭の絵描きを紹介してもらったわけなのだが――。

 まさかこんな怪しいものが来てしまうとは。

 まったくもって予想外のことだった。

 このままでは、ニールセンが癇癪を起こすのも時間の問題だ。


 ロビンはニールセンの様子を恐る恐る窺った。

 すると意外にも、皇帝陛下は落ち着いた態度をみせている。


「まあ、身なりなどはどうでもよいわ。それよりおぬし、絵筆の腕は確かであろうな?」


「あああ、なんと愚かなる質問を! 私の手にかかれば枯れた雑草は色とりどりのお花畑に、屍は生ける姿に、廃墟は過去の栄華を取り戻し、この絵筆一本で至上の楽園を再現して見せましょう!」


 全てが大袈裟だ。無駄にテンションが高く、普通の人間であれば敬遠するところだ。しかし、皇帝にはどこか通ずるものがあったらしい。


「なんと素晴らしい……余は心震えたぞ。そうそうに取り掛かるがよい」


 皇帝、ノリノリだ。

 一方、ロビンの目は半信半疑。


「胡散臭いなあ……」




 画家は派手な上着の内ポケットから商売道具の絵筆を取り出し、両手に一本ずつ握り締めた。そしてそれをロビンの身体にあてがいながら、ぐるぐると周りを歩き出す。


「ち、ち、ちょっと待ってくださいよ! 僕じゃありませんよ? カードの絵にしたいのは皇帝陛下の方なんですけど!!」


 ロビンの面食らったような声を聞き、画家は立ち止まった。きょとんとした顔で目を瞬かせている。


「……だから、皇帝陛下ですよね? 俺がいくらあちこち放浪して歩いてるっていっても、お顔くらい存じ上げてますよ? 先だっての婚礼の儀には最前列で祝福させていただいたんですから!」


 画家がなぜロビンを皇帝陛下と勘違いしているのか、その理由が分かった。

 そう、確かに婚礼の儀に華やかな装いで群衆の前へ姿を現したのはほかでもない、このロビン少年だったからである。

 しかし今、この部屋にいるのはニールセンとロビンの二人。

 その服装には歴然とした差があるし、何といっても言葉遣いがまるで違うではないか。

 気づかない方がどうかしている。


「僕は身代わりにさせられていただけなんですよ。本当の皇帝陛下はこちらのお方なんです」


「え? この青白いお人形のようなお兄さんがですか? あ、そうなんですか? これはこれはとんだご無礼を」


 画家は特に悪びれた様子もなく、しゃあしゃあと弁解してみせた。

 確かに失礼極まりないのだが、その権力を恐れぬ堂々とした態度が、ニールセンにとっては逆に好感触だったらしい。


「とにかく、余の一番カッコいい姿を描いてくれぬか。ちょっとこう……若い娘の好むような感じがよいのであるが」


「おおっ! 俺の一番得意な分野ですよ。分かりました。世の女性たちが皆嬉しさのあまり卒倒してしまうような凄いやつを!! キタキターっ!! では早速、へんっしん!」


 画家は持参の大きなカバンから小道具を次々と取り出した。

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