お絵描き編

1「カード? カードとは何ぞ?」

 美しき衣装に身を包み、皇帝ニールセンは窓際の絢爛な椅子に腰掛け肘杖をつき、ぼうっと窓の外を見ていた。

 日の当たる場所が好きではない若き皇帝にしては珍しいことである。

 ニールセンが見ているものは、彼のいる『新宮』と中庭を挟んで隣に位置している『西宮』と呼ばれる建物だった。




「のう、ロビン」


 皇帝に声を掛けられ、毒見役の少年はお茶を淹れる手を止め、振り返った。


 小間使いであり、ときに影武者をも務めるこの少年ロビンは、側近中の側近である『じい』の孫である。

 幼少より兄弟のように育てられてきたことに由来する、皇帝を皇帝とも思わぬロビンの態度に、ニールセンは腹を立てることもしばしば。そうは言っても、ロビンはニールセンが信頼できる数少ない人間の一人だ。その希少性はきわめて高い。

 ロビン少年は影武者を務めるだけあって、背格好はニールセンとほぼ同じだ。しかし、顔のつくりは口やかましい『じい』と嫌味なほどそっくりだ。


 それに対して、皇帝ニールセンは白く透き通った高貴な顔立ち。

 皇帝アリエス家の血筋を色濃く受け継いだ、秀麗な容姿だ。

 まだ十八になったばかり。これからもっと美しい青年に成長することだろう。


 しかしこの若き皇帝ニールセン、天は二物を与えずとはよく言ったもので、おつむはちょいとばかし弱かった。

 そして、悲観的で妄想癖。病弱でカンシャク持ち。

 三重苦ならぬ四重苦である。


 しかし、そんな皇帝ニールセンも少しずつ心境の変化が見られるようで――。




「若い娘が好むものとは、いったい何であろうか?」


 ロビンはニールセンの問いの意図することが解らなかった。

 黙ってニールセンの顔を見つめていたが、彼は窓の外を眺めるばかりでロビンに顔を向けようともしない。

 合点がいかないながらも、持っている知識を純真で無垢、いや、無知な皇帝に教えてやった。


「最近城下では、宮廷警備隊のカードなど流行っているようですよ」


「カード? カードとは何ぞ?」


 ニールセンは好奇心一杯に食いついてくる。

 一方のロビンは、さしたる興味もなさそうに再びお茶を淹れなおす作業に戻った。そして、面倒くさそうに言い放つ。


「四角い形をした厚紙ですけど」


「それは分かっておる。宮廷警備隊とな?」


 そこでようやくニールセンは、ロビン少年のほうへと顔を向けた。




 宮廷警備隊は、帝国を守る護衛隊の中でも花形といわれるエリート集団だ。

 その名の示すとおり、皇帝ニールセンの居城である皇宮を警備する任務についている。身体能力・知的能力・容姿(ここが重要らしいのだが)の、すべて揃った者のみに許された役目ということだ。もちろん給料も一般護衛隊よりもはるかに高い。

 子供が将来なりたい職業の第一位だ。



 ロビンはお茶のカップが載ったトレイを持ちながらニールセンに近づいてきた。

 そして、手馴れた所作で皇帝にカップを差し出すと、トレイを脇に挟み、空いた手指を使って具体的に説明を始めた。


「そうですね……大きさは手のひらに収まるくらいで、丈夫な紙にその手の職人さんが一枚一枚描いてるものですよ」


 ロビン少年は手のひらに指で絵を書く真似事をしてみせた。

 二人の目が合う。

 理解不能オーラを発する皇帝と、理解不能を理解するオーラを発する影武者少年。


 ――小さな紙に人の絵が描いてある。……だから何?



「そんなものがどうして流行っておるのじゃ」

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