5「一国の財政を傾けるほどの姫君を?」

「何考えてるんだよジジイ!」


 ロビンは困惑の色を隠せない。


「とうとう、モウロクしましたか……」


 ヴィンレットに至っては、まるで汚いものを見るかのような軽蔑の眼差しだ。


「ええい、うるさい。わしだってれっきとした独り者だ。金だってこの宮殿の中では一番の給金取りだぞ。貧乏家の姫ひとりくらい、たやすいことよ。可愛い妻は男の永遠の憧れ……」


 悲しいまでの年寄りの妄想をヴィンレットはさらりと聞き流し、意地悪い笑顔を見せた。そして、片手で頬杖をつき、空いているもう片手を軽く振ってみせる。


「一国の財政を傾けるほどの姫君を? 宮仕えのじいさんが? ははは、無理無理」


「……いま、何と申された」


 ピンガはヴィンレットの嫌味なまでの笑顔を見つめたまま、次の言葉を待っている。


「無理無理、と言いましたが」


「そこではない!」


「宮仕えのしがないジジイ、ってトコですか?」


「しがないは余計だ! ではなくて!!」


 一人いらだつピンガに優越感を覚えたのか、皇帝の若き叔父君は意気揚揚と語りだした。


「――隣国の民が飢えているのは、実はジル殿のせいだ、とね。社交界ではもっぱらのウワサですよ。宮廷にこもっていらっしゃるあなた方はご存知ないでしょうけど」


 くくくくっと、ヴィンレットはそれはおかしそうに笑っている。

 ピンガじいとロビン少年は、目を見開き言葉を失った。


 なんということだろう。もしかして、決断を早まってしまったのではなかろうか。見目麗しきことが先走りして、半ば金の力で貰い受けることにしたのだが、一国の財政を傾けた――ピンガの予想をはるかに超えてしまっている。

 どうなることやら、行く末が恐ろしい。


「ええい、こしゃくな! わが国に嫁ぐからには質素倹約を叩き込んでやる」


「ああ、なんと甲斐性のない。それでは確実に、ピンガはジル殿に選んでもらえませんねぇ」


「まだそのような戯言を申しておるのか。おぬしのような金の亡者など、姫君が相手にする訳がなかろうが!」


 ピンガじいが熱くなればなるほど、ヴィンレットは楽しくて仕方がないようだ。有閑貴族とは所詮こんなものである。


「しかし、アイツにジル殿の相手が果たしてつとまるのか……見ものですね。しばらく退屈しないで済みそうだ。ハハハハ」


 ヴィンレットの軽快な笑い声が、執務室内に響き渡った。

 その明るさとは裏腹に、ロビン少年の心は暗く沈む一方だ。


「それは……言わないでください、アイゼン公。確かに先は思いやられますね」


 深い深いため息が、ロビンの口から吐き出されていく。

 苦労するのはいつだって自分であることを、ロビンは自覚していた。


 ――ニール様も、アイゼン公も、そしてこのじじいも。


 歳を感じさせないこの熱血ぶりは、もはや尊敬ものだ。


「ええい、陛下はどこへ逃げられたのやら……こうしてはおれん、皆のもの、陛下を捕らえたものには金貨十枚。首に縄付けてでも引っ張ってまいれえええーっ!」


 ピンガじいのしゃがれ声が、再び新宮の回廊にこだました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る