4「選んでもらいましょう」
ニールセンが控えているであろう謁見の間に続く執政室に、ピンガじいがたいそうな剣幕で駆け込んできた。
しかしというか、やはりそこにいたのは――。
純白に銀の刺繍の入った皇帝の第一礼装を身に付けたロビン少年だった。
造りのよい椅子に、縄で厳重に括り付けられている。
ご丁寧に猿轡も噛まされて、ロビンは苦しげに唸り声をあげている。
もちろん、皇帝ニールセンの仕業だ。
ピンガじいは目の前の光景に思わず目を覆った。
急いで孫の口をふさいでいる布を解いてやる。
「ロビン! 陛下はどうなされたのだ!」
「す、隙をつかれて逃げられました」
「このバカ孫が! お前がわしの血を引いてるというのが情けなくて涙が出てくるわい!」
ふと。
ピンガじいが何の気なしに部屋の隅に目をやると、そこには――。
一人興奮するピンガを、なんとものん気に見つめている青年。
皇帝と同い年の叔父、皇位継承権第一位のヴィンレット・アイゼンだ。
それは優雅に、帝国名物の花茶なんぞを飲んでくつろぎまくっている。それも、皇帝専用の執政室で――。
油断のならぬ男だ。
「まあまあ、ピンガ。そう興奮なさらずに。こんなところで血圧上がって倒れられても、始末に困りますからね」
しゃあしゃあと言ってのけるヴィンレットに、じいは嫌悪の表情一杯だ。
母は違えどこの男は先帝の末弟。ヘタに賢い分、扱いづらいのだ。
「……これはこれはアイゼン公。口が過ぎますぞ? それに、このロビンが身代わりにされてるのを黙って眺めておられたとは……悪趣味だのう」
じいの嫌味もいつものことと、ヴィンレットは首をすくめて見せた。
「ハハハ、僕だってアイツに脅されてたんですよ? 騒いだらロビンちゃんの命はないぞ、って」
嘘バレバレだ。ロビンがどうなろうと、ヴィンレットにはまるで関係のないことである。
ヴィンレットは花茶を飲み干すと、カップを音をたてずに置いた。
そして、これ以上ないくらいの素適な笑顔を、ピンガじいに向けてやる。
瞳は真剣そのもの。えらく挑戦的だ。
「皇帝陛下がお出ましになられないのであれば、そのときは僕がジル・マイシェル殿を貰い受けますからご安心を。陛下にもさっきそう申し上げましたので、何の問題もありませんから」
「なんと! 陛下がそのようなことを?」
ようやく縄を抜けたロビン少年が、祖父と公爵の火花を揉み消しに入ってくる。
「何の問題もないって……問題大ありでしょ? ニール様、アイゼン公に取られたくないって、さっき散々暴れてたじゃないですか」
それなのに、ニールセンがいない隙に、ヴィンレットがジル・マイシェル君を貰い受けるなどという暴挙に出たら、確実にこの帝国は終わってしまう。
どうせなら後腐れなく叔父と甥の刺し違えで、解決して欲しいと皆が思っている。おそらく。いや、きっと。
「じゃあ何であいつは逃げるんだ。そんな、訳の分からないかんしゃく起こして逃げられたら、ジル殿もたまったものではないでしょうに」
「とにかくですね、一応、影武者の僕がジル様にお会いして、そのあと事情をご説明しますよ」
ロビンが持ち前の事務処理能力を発揮して、優等生的発言をする。
しかし、この若き叔父が引き下がるはずもない。
「選んでもらいましょう」
ヴィンレットは笑った。
「ジル殿にどちらがよいか選んでもらえばいいんです。マイシェル家はお金さえもらえれば文句ないでしょうから」
「もう、アイゼン公。無茶言わないでくださいよ……」
「であるなら、わしも立候補させてもらおう」
ピンガじいの突然の言葉に、辺りに沈黙が走る。
そして、ヴィンレットとロビンの声がきれいに重なった。
「「はああ??」」
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