109話 飛ばした王子はただいい夫婦の日がしたかった
「おい、異界のいい夫婦の日はまだなのか?」
今日もいい日だ、餅が美味い。
もちもちと、きな粉餅に磯辺焼き、あんこ餅に、大根おろしと食べ、飽きてきたら変わり種で餅ピザもよしと食べていたら、クリスがそんな訴えをしてきた。
いや。いい夫婦の日?
何の日だっけ、それ。
「そんな日ありましたっけ? ケーキを食べ、チキンを食べ、シャンパンを飲まねばならないクリスマスや、おせち料理を食べ、餅を食べ続けなければいけない正月は忘れてはいけない行事なのでちゃんと覚えているんですが」
「お前の記憶は食べ物にしか反応しないのか?!」
「勿論」
飲み食いが絡むイベントは大切だ。
しかし調べると食べ物行事を若干否定するような話題も聞く。例えばその日に大量のチキンが揚げられるから、翌日の新しい油で揚げたチキンの方が美味しいという話だ。
なるほど、分かる。
食へのアプローチは色々あるだろう。だが解決方法は簡単だ。
クリスマスのチキンの味が落ちるなら、翌日も食べればいいじゃないというやつだ。勿論当日も食べる。イベントを楽しんだ後に美味しいものを食べられるなんて最高だ。お店も私も嬉しい。まさにウインウイン。
体重? イベントの時に食べ物以外を考えるのは野暮というものだ。美味しいは正義。
「前にいい夫婦の日に、色んな世界に行ったんだろ。ほらいつもと違って、鏡に出たり、人間じゃない人がいたとか」
「ああ。そんな事もありましたね」
クリスと二人っきりでお祝いするのが嫌で異界に逃げて、その先で、ポッキーを渡したり、異界の食べ物を渡したりしてきた気がする。
今はまあ……逃げなくてもいいかとは思っている。
ついでにそろそろ敬語を外そうかと思い始めているけど……どうしようかなぁだ。なんとなく外せてる日もあるけど、クリスとの距離をさらになくすのはちょっと怖かったりもする。
「でも、残念ですが、いい夫婦の日は終わりました。あれは秋のイベントです」
「秋?」
「11月22日、異界では冬直前といったところでしょうか。しかし、今は冬。外は真っ白。コタツ最高な陽気です。ちなみに、異界の暦だと、1月22日となります。1が足りません。洒落た言い方だとI(アイ)が足りない日と言ったところでしょうか」
惜しい。
しかし月日に前後賞はない。やっていいのは、クリスマスイブだけだ。むしろあの行事は、クリスマスが主役のはずなのに、イブでやり切ってしまった感が溢れ、どこか霞んでしまって可哀想なのだ。やはり前夜祭などやるもんじゃない。
というわけで、ぴったり賞以外のイベント日はなしだ。
「マジかよ……。楽しみにしてたのに」
「それは申し訳ありませんでした。でも、私達、夫婦じゃないですよね?」
「……だからそろそろ夫婦になりたいんだよ」
ボソリと言われた言葉にドキリとする。
私も結婚してもいいかと思ってはいるのだから……まあ、後はタイミングだろう。つまりは……いい夫婦の日に、王子は実行しようとしていたわけだ。
「あー……異界ではいい夫婦の日に離婚しようという話がありまして」
「おい、待て。何でそんなクレージーな事をしてるんだ」
「さあ。何でですかね」
ちゃんとニュースを見ているわけではないので、よく知らない。でもようは、○○の日という区切りがあれば、自分の生活を変えようと踏ん切りがつきやすいという事だ。
「だから、えっと。いい夫婦の日に夫婦になる必要はないんじゃない?」
「……えっと、つまり?」
Iが足りない日なら愛を足せばというやつで。
「まあ、今年のいい夫婦の日にいい離婚をしようになっていないとは限らないけど」
夫婦生活をすると、お互いの嫌なところが見えて、離婚に至るケースがあるとかないとか。……私の嫌なところは散々見せたから、それでいいというなら、確率は低いかもだけど。
「リア、好きだ。結婚してくれ!!」
「えっ。今?! 今言うの?!」
いや、えっ?
こう、○○の日、狙わないの?!
そりゃ、既に告白されたり、ウエディング衣装用意されていたり、書類用意されたりしてたけどさ。今更っぽいプロポーズな気もするけどさ。
「俺はいつだって、お前と一緒に居たいんだ。俺の願いを飲んでくれるなら、どんなタイミングでも俺は言う」
「ちょっとは、ロマンチックにとか考えないの?」
「考えた間に気持ちが変わるなら考えない。大体、ロマンチックとか、俺らの柄じゃないだろ」
た、確かに。
真理すぎて何も言えない。
「俺に毎日味噌汁作らせてくれ」
「……異界の本でわざわざ覚えたの?」
「だって、俺の料理好きだろ?」
いや、好きだけどね。
美味しいし。異界の料理である味噌汁も勿論美味しい。美味しいは正義だ。
「毎日、一緒に飲んでくれるなら」
クリスの料理は美味しいけど、それは私の為に作ってくれて、更に私と一緒に食べてくれるから。
美味しいだけなら、異界の食べ物で間に合っている。
私の精一杯の答えに、クリスは破顔した。
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