107話 飛べた魔女はただの隔離中
今年もハロウィンの招待状が届いた私は、深くため息をついた。
前回顔出しをしたのだから、今回は欠席でも構わないのではないだろうか。異界の運動の祭典だって、四年に一回程度のペースで行われているって聞いたし。古代では八年に一回だったとか。
素晴らしい。もっとやれと、出不精な悪い魔女としては思ってしまう。まあ、八年後だと、うっかり忘れてしまいそうだけど。
そもそもだ。何故わざわざ人は集まるのだろう。
美味しい食事を食べられる店が行列を作っているというのは百歩譲って分かる。美味しいものを食べる、それは人生の理だ。生きるから食べるのではなく、食べるために生きる。素晴らしいではないか。
だが、ハロウィンなどの魔女集会は、それほど私が食べたいものが出てくるわけでもない。そして特に人脈作りをしたいと思ていない私としては、ただ使い魔をもふりにいく場にすぎなかった。
でもぶっちゃけそれって、家でもできるんじゃない? という奴だ。行く理由を見いだせない。
「なんだ。今年は、魔女集会に行かないのか?」
「いつの間に入ってきてるんですか」
私は背後をクリスに取られたが、腕の隙間からするりと抜け出すと、ポケットにしまっておいたマスクを口に付け、腕を前にビシッと伸ばした。
「ソーシャルディスタンス!!」
「は?」
「密です! 密です! 密ですっ!!」
「えっ。な、なんだ?!」
私の思わぬ行動に、クリスはビクッと肩を揺らし、困惑した表情をした。
まあ、そうだろう。私の呪文に威力はない。異界ならこの呪文を唱えた瞬間、人が蜘蛛の子を散らすようにいなくなるのだろうけど。
「実はですね。現在異界ではまだ特効薬ができていない病気が流行っていまして。私もうっかり知らずに異界に足を踏み入れてしまい、もしかしたら菌を持っているかもしれない危険な状態なんです」
状況を知らず、マスクもせずに異世界をほっつき歩いた時の人の冷たい目は怖かった。私が異界のそんな菌などいない世界から来たと言っても誰も信じやしない。『ちょっと、ヤバい人じなんじゃ』とか『マスク付けたくないからって、妄想語られても……』とかこそこそ言われるし。まあ異界に渡る技術がない場所でこんな発言した私の方が間違っていたとは思うけど。
優しいお婆さんが、涙目になっている私に一枚のマスクをくれたから何とかなかったが、謎の病気が流行っている場所のピリピリ感と言ったら……恐ろしい。しばらくは通販のみで引きこもろうと思う。
「お前は大丈夫なのか?!」
「分かりません。症状はそれぞれ違い、悪化すると死ぬ事もあるそうです」
糖尿やメタボなど持病がある人の方が危険度が高いそうで、若干私も危険なのではと思う。ただし私の異界渡りの能力は【購入したもの】しかこの世界に持ち込めないという制約がある。なので異界の菌を持って来ることはできないはずなので、多分大丈夫だ。
とはいえ多分なので、念の為の隔離は必要だろう。異界よりも医療技術の低いこの世界で未知の菌など流行ったら厄介な事になる。
「うつすといけないですが、おおよそ二週間症状が出なければ問題ないかと思いますので、二週間後のご来店をお待ちしております」
「待て。その二週間があけると同時に再び異界に行ったら、また二週間会えないという事じゃないか?」
「そうなりますね。うう。悲しいですが、この国の王弟を危険にさらさない為なので、仕方がない処置なのです」
ええ。決して、その間はぐーたらしようとか、お取り寄せグルメを楽しもうとか、尚且つ太ってしまったら会えない口実を作ってこっそりダイエットにいそしもうなんて考えていない。
考えてはいないけど、ちょっと手が滑って購入ボタンを押してしまい、腐るのがもったいないから食べてしまい、その所為で太った事を怒られたあげくブートキャンプをさせられるのが嫌だからダイエットをするぐらいの事はあるかもしれない。
うん。それは不幸な出来事だったのだ。
「こっちむけ」
「だからソーシャル——むぐ」
クリスが近づいて来たので止めようとしたらマスクがはぎとられた。さらにその上で、口と口がくっついた。何これ。
何でくっついた?
少女漫画のあり得ないハプニング?! と言いたいところだが、少女漫画では偶然でも、今のは事故じゃない。事故じゃないはずだ。
私が慌ててクリスの胸を押すと、思ったよりあっさりと離れた。……筋肉ゴリラが相手なので、殴ったところで離れないかもと思ったけれど。
「悪かったな」
「わ、悪いと思うならっ!!」
「こうなったら、責任もって俺もここで二週間は泊まり込みだな」
「は?」
二週間泊まり込みだと?!
「いやー。まさか、偶然口と口がぶつかるとは。しかしだ。もしかしたら、俺も未知の病原菌に感染してしまったかもしれない。困った困った。王であらせられる、兄上にうつっては大変だ。こうなったら、ここで、隔離されるしかないな」
「嘘つくな!! 絶対、今のは偶然じゃないよね!!」
ものすごい、棒読みだし!!
「ついうっかり二週間後に再び異界に行ってしまうような事だって起こりえるんだから、これぐらいの事故だってあるだろ? これは不幸な事故だったんだ。ほら。お前がよく読む漫画というものにも書いてあっただろ?」
……マウス トゥ マウスの事故は確かに少女漫画ではお約束だ。
でも今のは――。
「さて。二週間もあると暇だな。この間言っていた、テレビゲームというのをやってみないか?」
「えっ? やっていいんですか?!」
テレビ―ゲームを買おうかと迷っている時に、ずっとテレビ―ゲームばかりするから駄目だと、お前は私のお母さんかいと思うような理由で却下してきていたというのに。
「ただし、時間は決めてやる。あと、一人で遊ぶのではなくて、二人で遊べるものにしろ。じゃないと隙をみていつまでもやりそうだからな」
「ええー。乙女ゲームは二人ではやれませんけど」
「おまえ、俺が居る前で、他の男に口説かれる気か」
「異界の市場調査です」
不満そうな顔をされたので、とりあえずキリッとした顔で答えたけれど、怪しまれているのは間違いない。市場調査というよりは、興味本位というのが正しい。
最近異界の悪役令嬢の御話の読み過ぎで、乙女ゲームのヒロインがよく分からなくなってきていたのだ。ここらで、改めて原点である乙女ゲームをやってみたい。その上でゲームから悪役令嬢の悪の美学を学びたい。そうすれば私は皆から畏れられる悪い魔女となれるはずだ!
「仕方がない。俺が居るところでならやっていいぞ」
「……逆にクリスがやって、クリスが攻略者に口説かれてみるのはどうでしょう?」
「待て。何で俺が男に口説かれなければいけないんだ」
「小さい頃は美少女だったし、豚を口説かなければいけない二次元の殿方の可哀想感を考えれば、クリスの方がまだ絵面的にありかと……」
二次元の男だって、口説くなら綺麗な方がいいはずだ。その点、このクリスは性別以外は全てクリアしている。何なら、料理も掃除もできて、おまけに痩せる気のなかった豚を痩せさせられるほどの素晴らしき努力家だ。……おや?
「……むしろ、クリスがヒロインだったのでは?」
「何を考えたらそんな結論になるんだ、馬鹿。まあいい。こうなったらお前に、俺の方がそこいらの二次元ヒーローより、できる男だというところを見せてやる!」
そんなわけでめでたくゲーム三昧をすることに決まったので、ハロウィンには欠席のお知らせを出しておいた。
めでたしめでたし――といきたいところだが、二週間後、王が自ら死にそうな顔で弟を迎えに来た上、クリスが帰れなくなった責任を取って私までお仕事をさせられる羽目になった。さらに調査の為にハロウィンの魔女集会に出席させられることになったのだった。
めでたくない、めでたくない。
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