103話 おまけで飛ぶ豚はただの親友?

 今日も元気だ太巻き美味い。

 なんでも異界では、喋らずこれを食べきらなければ鬼が来るという言い伝えが、あったようななかったような。というか、よく分からん。

 一部地域が始めたとか、ゴリ押しだとか、何かといろんな波紋もあるらしく情報が混雑しすぎて考えるのを放棄した。イワシやら大豆やら、ロールケーキやら、その時期にちなんだものがスーパーに並んでいたので、とりあえず買ってきて食しているわけだが、美味しい以外の情報は豚には無駄である。

 美味しいは正義でもういいのではないだろうか。食品ロスは減らした方がいいとは思うけれど。


「おい。食べ過ぎだ。いい加減止めろ」

 【これを食べている間は喋れませんもぐ】と書かれたプラカードを上げながら、私はひたすらもぐもぐする。さっき食べたサラダ巻も美味しかったけれど、この鉄火巻も美味しいもぐ。

 【食べきらないと不幸になるんですもぐ】【これを食べきった人は十人に太巻きを食べさせないと不幸になるんですもぐ】【ほら振り向けば、貴方の後ろに太巻きが――もぐ】と次々プラカードをあげる。

「ふざけるな。色々話盛ってるだろ。というか、もぐとか変な擬音語付けるな。だいたい、後ろに太巻きってなんだ――ぎゃっ!!」

 呆れながら振り返った王子は、背後にいた鬼にびっくりして叫んだ。


「わりぃこは、いねぇか。わりぃこは、いねぇか」

「その声。てめえ、【予言の魔女】か?!」

 【テッテレー♪ ドッキリ大成功】とプラカードを持つと、王子はその場で地団太を踏んだ。今日も元気だね。

「ふぅ。美味しかった」

「はい、お茶どうぞ」

「ありがとう」

 鬼のお面を付けた【予言の魔女】からお茶を受け取り、ごくごく飲む。太巻きの一気食べは美味しいけれど、凄く喉が渇く。甘いけれど、食塩もしっかり使われていそうだ。


「というか、なんだ、そのわりーこはいねーかって」

「さあ。異界での鬼の定番文句らしいわよ」

「定番かは分かないけど、この間異界に行ったら鬼がそんな事言ったよ」

「というか、異界にはこんな恐ろしい顔の鬼という種族が住んでいるのかよ。一体どういう世界なんだ」

 王子がお面を見てしみじみという。

 実際にはいるのか分からないけれど。もしかしたらこちらで言う使い魔に近い、異界的な存在かもしれない。2月3日だけやってくるという話だし。

 普段は地獄で働いてるんじゃないかな。


「まあ、王子は悪い子なんだし、気を付けた方がいいんじゃない? また公務サボったって、王太子が怒ってたわよ」

「だから、俺は国外の公務は嫌だって言ってるんだ。俺がいない間に、お前を筆頭とした奴らが、コイツを甘やかすだろ」

「クリスも甘やかして構わないよ?」

「……そういう場面で、あざとく名前を呼ぶな、馬鹿。破滅させるぞ」

「すみませんでした!!」

 ブートキャンプは嫌です。

 この間の正月は太るからやっと痩せたのだ。お外がこんなに寒いのに、外で持久走になったら死んでしまう。えっ? 勿論夏は夏で暑くて死ぬ。


「……名前、呼ばれてるの?」

「あ? ああ。この間からな。ふはははは。やっぱり日頃の行いがいいと、いいことがあるんだな」

 何だか【予言の魔女】が震える声で尋ねると、王子は凄い嬉しそうに笑った。

 め、目が、目が、つぶれる。眩しいっ! なんという、イケメン力。もはや凶器だ。私の心臓の動きを早めて殺しにかかっているとしか思えない。とりあえず、彼の満面の笑みは視界に入れるのを止めておこう。

「そんな。……いえ。仕方ないわね。こればかりは」

「えっ。どうかしたの?」

「ううん。リアが悪いわけじゃないから。大丈夫よ」

 鬼のお面を取った【予言の魔女】は少しだけ悲し気に笑った。

 何でそんなに悲しそうな顔で笑うのだろう。


「あ、あのね。私に何かできる事ある?」

「リアが幸せでいてくれれば一番よ。そうだ。私にも太巻き頂戴。エビフライ巻? っていうの食べてみたいわ」

 太巻きを食べればお腹がいっぱいになる。お腹いっぱいなら幸せだ。

 だから彼女が幸せになるなら、どれだけでもお取り寄せする。でも、本当にそれで幸せなのだろうか?

「エビフライ巻でいい? 他にも一杯あるよ。たしか、リリーって生ものも大丈夫だったよね? 異界って、太巻きと言っても色々あってね。ほら、コレがチラシなんだけど」

 私は急いで恵方巻のチラシを取り出す。

 チラシにのっているのは高価なものばかりで、色んな具材が巻かれているのが多い。もちろんエビフライ巻がいいなら、全然それもOKだ。

 

「えっ。今、なんて?」

「これがチラシなんだけど?」

 私が首をかしげると、リリーはもどかしそうな顔をした。でも結局なにも言わず、笑った。

「そ、そう。ありがとう」

「どういたしまして。別に太巻きじゃなくてもいいよ。リリーが食べたいもの言ってね」

 彼女が幸せだと笑ってくれるのなら、それがいい。別に無理に異界の行事に合わせなくてもいいのだ。どんな形だって、構わない。


「リアッ!!」

 リリーが突然抱き付いて来て、私は首を傾げた。

「良かったな。名前呼んでもらえて」

 王子がそういったことで、私は彼女の名前を呼んでいた事に気が付いた。そっか。異界の物を渡さなくても、ただ名前を呼んだだけでも喜んでもらえるのか。

 それを認識すると、胸が温かくなる。


 最近は食べていなくても幸せな事が多い。

 こんなに幸せでいいのかなと思わなくもないけれど、悪い魔女が幸せになってはいけないというわけでもないので、とりあえず今はその現状に甘んじる。

「まあ、でも。先に呼ばれたのは俺だけどな!」

「はあ? あんたのは愛称でしょ。本名じゃないじゃない!」

「それは俺がそれだけ親しみを持たれているから――だよな? えっ。ちょっと待て。首をかしげるな。すっごい嫌な予感しかしないんだけど」

 クリスが慌てたが、分からないのだから私は首をかしげるしかない。


「クリスって、クリスじゃないの? 本名があるの?」

 言われてみると、クリスはクリスティーナとかの略称だ。そうだ、そうだ。過去に紹介された時、私はクリスは女だと思っていたから、本名はそんな感じなのかなと勝手に思ったはず。

「クリストファーだ、畜生」

「へー」

 そんな名前だったんだ。

「へーじゃねぇよ。呼べよ! いや、別にクリスでもいいけど。いいけどさ!!」

 いいなら、いいじゃん。

 別に彼の名前がクリスでもクリスティーナでもクリストファーでも婚約者には変わらないし。とりあえず、地団太を再び踏むクリスは、イケメン力が低下したので、見ていても目がつぶれなさそうだ。うんうん。一緒に過ごすならこれぐらいがちょうどいい。


 今日も元気だ巻き寿司美味い。

 この後残った巻きずしは、婚約者と友人と使い魔で美味しくいただきました、もぐっ。

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