97話 飛べた魔女はただの悪い魔女

 今日も元気だ、ぬくぬくぬっくー。

「はぁ、幸せ」

「本当だな」

 流石、異界の最終兵器。四角い悪魔、【コタツ】。

 私だけでなく、王子も半分以上とろけている。

 

 実をいうと、コタツの威力がここまでとは思わず、侮っていた。すみません、コタツ様。

 だって、部屋全体を温める、ひーたー? とか、だんぼう? とか、すとーぶ? というものの方が絶対暖かくて快適だと思ったのだ。

 ちなみに、我が家は昔ながらの暖炉だ。この世界にはまだ、ひーたーもだんぼうも存在しない。石油ストーブに王子が興味を示していたので、そのうち出来るだろうけど、まだ先だ。

 そんな中、部屋全体を温める暖炉よりも小さな空間、そう机の中しか温めないというコタツを侮ってしまうのも仕方がないと思う。しかし外に出た部分のみ寒く、中が温かいという状況を体験した瞬間、私は気が付いた。これは、異界の露天風呂と同じ原理だ。なんという中毒性。

 

 流石は異界で、四角い悪魔と呼ばれているものだ。

 一度はいったら抜け出せない。まさに底なし沼のような快適さ。おかげで王子が中々帰らない。お茶会メンバーも中々帰らなかった上に、電気を使わないコタツを探せと公爵令嬢からは言われた。……そのうち探して、この世界に悪魔を沢山召喚し、皆を混沌に落としてやろうではないか。ぬははははは。


「あ、アイス食べます? 冬だと、実は、もっちもちの餅の中にアイスが入った商品が売られているんです」

「お、それはいいな」

「一つに二つ入っているので、別の味と交換しましょう」

「交換、いいな!」

 ぬっくぬくで、色々とろけている王子など、恐れるに足らず。アイスのおねだりに、まったくの反論も起こらない。

 素晴らしい。素晴らしすぎるぜ、コタツ様。なんという、悪堕ちみ。


 私はノーマルとチョコ味を異界からお取り寄せすると、いそいそとパッケージを開けた。中には突き刺す棒も入っていて、至れり尽くせりだ。寒い中フォークなどを別の部屋まで取りに行き、洗い物をしなくてもいいという親切設計。

「あーん」

「仕方ないですね」

 王子が口を開けたのでその中に入れてやる。

 満足そうに食べているのを見ると、私も嬉しい。うんうん。美味しいは正義だ。

「お前も食べろ」

 王子が逆にもう一つの方を開けて口元へ持ってきてくれたので、私も遠慮なく食べる。寒い日に暖かくして冷たいものを食べるという贅沢。

 むっふー。


「美味しいね、クリス」

「ああ、美味しい……」

 それにしても、不思議だ。餅は冷めると固くなるのに、何故これはアイスという冷たいものをお腹に抱えながらも柔らかくいられるのか。

 不思議だけれど、美味しいは正義だ。この正義の前では、悪なんて太刀打ちできない。

「って、い、今、今、何て言った?」

「へ? 美味しいと言っただけですけど」

「そうか。やっぱり、空耳か。きっとアイスクリームのアイスとかクリームの聞き間違い……うん。そういうことだ」

 ブツブツと呟き出した王子を無視して、私は二つ目を食べる。溶けてしまったら勿体ない。

 それにしても、最近王子はコタツに魅了され入り浸る率が高くなっているけれど大丈夫だろうか?


「そういえば、そろそろ城に帰らなくていいんですか?」

「……今、兄上と喧嘩中だからいい」

「えっ。喧嘩したんですか?」

 王子は大丈夫だけど、王太子のメンタルは大丈夫だろうか。あの人、結構ブラコンだと思うのだけど。

「ちょっとこの間、俺が悪党を退治した時のやり方が無茶をし過ぎていると怒られてな」

「それは王子が悪いのでは?」

 無茶をしても死にそうにないゴリラ系王子だけど、実際に何かあってはマズイ立場なので、怒られるのは仕方がないと思う。

「だから俺もさっさと義姉と結婚式上げて、子供作って、ついでに王になってくれと言ったんだ。そうしたら、俺が居なくなっても、兄上の子供が王太子となれるから問題はないわけだし」

「その辺りは、色々あるんじゃないですか?」

 良く分からないけれど。

 王族なら、何らかしらしがらみとかあるだろうし。王太子から王になったら、プレッシャーも半端ないだろうし。


「兄が王にならない限り、俺がお前と結婚できないだろうが!」

「別にいいですよ? 書類上結婚してなくても」

「俺が気にするんだ。お前の気が変わらないうちに、さっさと入籍したいんだ。でもお前を王族に入れて他国から色々いちゃもんを付けられたくないから、俺が王位継承権を手放してからにしたいんだよ」

 なんでも私が王族に入れば、色々国の為に動かなければならなくなる上に、他国からも【異界渡り】の能力の私物化に対して文句言われるようになると。

 へーへーへー。

 面倒な世の中だ。そもそも、私を自由にできると思う方が間違っている。結婚したとしても、その能力は私が私の為に使うものだ。


「悪い魔女を好きにできるわけがないのに。それを、とらぬ狸の皮算用って言うんですけどね」

「まったくだと言いたいが……。まあ、俺らが気を付ければいい話だな。もう一つ、アイス寄越せ」

「自分で食べて下さいよ」

「いいだろ。後でみかんむいてやるから」

「……仕方ありません。それで手を打ちます」

 王子は几帳面にみかんの白いすじも取ってくれるから食べやすい。仕方がないのでアイスを口に運んであげる。


「でも、本当に早めに城には帰った方がいいと思います。破滅というのは、大抵足音がしないものです」

「そうだな」

 ……唐突に、王子以外の男の人の声が混ざって、私はビクリと固まった。

 そろりとそちらを見れば、王太子が憮然とした表情で立っている。相変わらずお疲れの様で、目の下の隈が酷い。……何撤目なのだろう。いい加減、生き物の法則を無視せず寝た方がいい。


「兄上。俺の婚約者の家に勝手に入るのは良くないと思います」

「お前にだけは言われたくないと、義妹も思っていると思うぞ」

 その通りだけど、別に代弁してくれなくてもいい。

 というか、豚小屋にだって、一応は玄関があるのだから、皆ちゃんと声をかけて欲しいものだ――。

「――義妹?」

「弟の嫁。つまり、義妹だ。そして、私は悟ったのだ」

 演劇風に語りだした王太子にどう接していいか私はためらった。とても嫌な予感がする。

 そもそも、王太子は徹夜の所為でナチュラルハイになっている。【癒しの魔女】、今こそ出番です。さあ、早く寝かしつけの儀式を!


「弟は可愛い。だったら、義妹も可愛いのではないかと」

「いや。そのノリはどうでしょう?」

 そもそも【予言の魔女】が一応義妹のはずなので、そちらを愛でてくれて全然構わない。

「というわけで、正式な可愛い義妹を得るために、私は王になるから、さっさと城に戻って働け」

「兄上! とうとう覚悟されましたか!」

 覚悟されましたかじゃない。

 なんで、私まで何か巻き込まれかけているのだ。


「そして、義妹も働け」

「ひぃぃぃぃ。引きこもりニートを働かせるなんて、何という悪!」

「引きこもりニートを働かせるなら、正義じゃないか?」

「私は悪い魔女なので、悪い魔女からするとそちらが悪なんです」

 それは立場が、引きこもりニートでない側の意見だ。私はまだまだ引きこもる気満載だ。

 ううう。寒いけれど、これは一時退却しかない。


「クリス、後はまかせた!」

 すちゃっと立ち上がると、私は異界へと逃げ込む。

「って、やっぱり、俺の名前呼んでるよな?! とにかく、異界から帰ってきたら、指輪で連絡入れろよ?!」

 ……そう言えばそんな物もあったっけと、手を見つめる。

 使う場面を思いつかない程度に、王子が頻回に来るからすっかり忘れていた。

「困ったことがあった時は頼れよ。絶対だからな!! おい、聞けよ、【リア】ッ!!」

 後ろでクリスが私の名前を叫んだ。

 それを聞きつつ、私は異界への穴をくぐる。

 

 今日も元気だ、コタツ恋しい。

 帰ってくるなり、結婚の書類とドレスを目の前に突きつけられると思っていない悪い魔女は今日も異界へ飛んだのだった。どうやら悪い魔女は、王子誘惑系の魔女に強制的に転向させられたらしい。

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