96話 飛べた魔女はただの報告者
今日も元気だ、お家サイコー!
ようやく王子からお家に戻っていいよと言われたので、私はいそいそと引きこもりライフだ。
誰にも会わないから、誰かに気を遣う事もない。なんと素晴らしい。心が癒される。
自分だけのお城。
「お前、また、一人で餅を食べてるのか」
しかしそんな平和も突然の来訪者達により壊された。
「むむぐ。こ、これは生体実験です。今度公爵令嬢の結婚式でふるまう餅をどう提供するか考えているんです」
もぐもぐお餅を醤油につけて食べていると、背後から声がかかった。
私が試しに買った餅つき機は、蒸し機能付きで、一度に一升の餅が作れるものだ。つまりは、25個から30個程度……。どう考えても足りない。
餅は再加熱で柔らかくなるから別に作り置きしていけばいいのだろうけど。……やっぱり業務用に手を出してしまうべきなのだろうか。それともいっそ、杵と臼で、目に見える形でパフォーマンスをするべきだろうか? ……公爵令嬢の余興で王子が餅つき……うーん。悪い魔女でも分かる、放送事故案件になりかねない。
「本当に、その戦闘民族が食べる餅を私の結婚式のご祝儀にしようとしているのね」
「……公爵令嬢だって、美味しいと言って六個も食べたじゃないですか」
相変わらずの突然の訪問による強奪事件。食べ物の事は忘れない。
死人が出る危険なものなのだと力説しても、食べるのを止めなかった上に、手土産まで持って帰った。……まあ、あの後、もう一回自分の分をついたのだけど。でも今度は王子もいたから、一人頭食べられる個数が少なかった。
本当は少し硬くなってから、焼いて砂糖醤油で食べて、さらに雑煮というスープに入ったものも食べてみたかったのに。
「お邪魔するわね。ねえ。もしかして、それが餅というの? へぇ。ああ。そうだ。これ、手土産よ」
「あっ、【予言の魔女】、いらっしゃい。わざわざありがとう」
なんと気が利くのだろう。予言の魔女は何やら高級そうな匂いのするお菓子を持ってきてくれた。流石、【予言の魔女】。気遣いが王子達とは全然違う。
「お餅をいっぱい作ったから、【予言の魔女】も一緒に食べよう? あのね。この白い餅をね、きな粉とか、あんことかで食べると美味しいんだよ。あんこは豆を甘く煮てあるから、ちょっと違和感あるかもだけど、甘いわりにヘルシーだし」
今日は王子と公爵令嬢だけでなく、【予言の魔女】と【癒しの魔女】と……誰? 良く分からないけれど、もう一人たずねてきたようだ。
……皆、寒い中わざわざこんな豚小屋に来るとか暇だね。
ああ、【予言の魔女】は、このスリッパをどうぞ。他の人も適当に使って下さいな。できれば自分で玄関まで戻ってはいて下さい。
「……なんだか、【予言の魔女】にだけ態度が違い過ぎない?」
「事前に調べていたから知っているでしょ? 彼女にとって【予言の魔女】は大切な幼馴染なのよ。そして、【予言の魔女】もものすごく、彼女の前では猫をかぶっているから」
こそこそ何か喋っているけれど、直接私に話しかけてこないものは基本無視だ。でも無視はできるけど……。
「というか、誰?」
「えっ。嘘、忘れられた……」
「ああ。彼女は、【悪役魔女】よ」
私が訝しむと、新キャラは体操座りでのの字を書き、その隣で公爵令嬢が紹介をする。新キャラだと思ったけれど、新ではないキャラなの? うーん。いつ会ったっけ? 思いだせない。
「それにしても、【悪い魔女】とものすごいキャラ被りな名前ですね……」
いや。悪い魔女が私だけだとは思ってないけどね。
どんな魔王にだって、部下に四天王がいたりして、それだけでも悪役は五人はいるということだ。それに世の中、悪役の出る物語はとても多い。これを一人でこなしていたら、パワフルすぎる。とんだ働き者だ。
「全然違うわ。悪役はあくまで役なのよ。その点、悪い魔女は一点ものよ」
「ふーん」
公爵令嬢が説明してくれたけれど、まあ、名前なんてなんでもいいか。
私は細かいことは気にしないのだ。
「それで、今日はお茶会の日でしたっけ?」
定期的に豚小屋でお茶会が開かれているけれど、最近異界にずっと行っていたから日にち感覚が狂っていた。もともと私は毎日が休日なのだ。彼女達がお茶会なんてものを始める前は、私にとって関係があることは今だけだったので、日にちなんて気にする必要がなかった。
一応寒ければ冬、暑ければ夏程度に季節が変わったなぁという感じで、日にち感覚はない。
「違うけど、折角だから医学書とか見せてもらいがてら、お茶会をしようと思ったのよ。あと、子豚貯金もそろそろ収穫時期というか、もう遅いというか状態でしょ?」
「えーと。さあ。最近ずっといなかったので、どうでしょう?」
なんか、置いておいた豚貯金箱が盗まれるどころか増えていた気もしなくもないけれど。留守中に誰かが侵入したのだろうか? でも盗むのではなく増やしていくとか、変わった侵入者だ。
「……助けられた使い魔が、恩返しに大量の寄付をしているという噂を鳳凰から聞いたが?」
「それ、噂じゃなくて、決定事項じゃない。……【悪役魔女】。一緒に集金するわよ」
「えっ。私も?」
「何の為に連れてきたと思っているのよ」
公爵令嬢の目が、戦士の目をしている。反対に【悪役魔女】の目が怯えている。別に豚貯金箱は、そんな魔界の生き物ではなく、可愛らしい形をしてるんだけどなぁ。重いから鈍器にはなりそうだけど。
「医学書は【癒しの魔女】の分野ですよね?」
「まあ、そうですわね。ではこちらは私が引き受けますわ」
ふふふふっと笑ってみえるけど、その医学書翻訳するの私ですよね。
とりあえず、漫画から翻訳しよう。専門語はあるけれど、図解してくれている分、まだマシだ。漫画は医学書じゃなく、嘘が書いてあるとあったけど、この世界の医学だって嘘っぱちばかりなのだから、お互い様だ。とりあえず、こっちの世界の薬が色々ヤバいのは、本を読み漁っていくうちに何となく悟った。水銀恐い。
「【予言の魔女】は、【異界渡りの魔女】の飴役でお願いします」
「いいわよ」
「って、だから、飴は俺にしろって」
王子が騒いで、【予言の魔女】がからかって、とても賑やかだ。
そうだ。とうとうコタツも買ってリビングにセットしたのだった。さあ、この魔物の虜になるがいい。
今日も元気だ、餅美味い。
ずっと静かな家だったはずなのに、賑やかな声を聞くと、帰ってきたんだなと思う程度に、私は毒されているようだ。
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