93話 飛べた魔女はただの達成者

 今日も……はふ、……今日……はひ……元気……ふへ……だ……ほぉぉぉ。


「ふぅ。やりきったわ」

 私は、ダンススタジオを借り、日夜踊った。かつてないほど踊った。

 ついでに朝食はバイキングではなく、ちゃんと一食が決まってるプランに変えた。うん。あのバイキング、全部食べつくそうとしなくて良かったんだね。

 どうやらホテル側は、私を大食い王系な人だと思っていたらしい……。引きこもりは普段そんな場所に行ったりしないのだから、ちゃんと説明して欲しい。まあ私があまり人と会話しないのが悪いんだろうけど。まさかコックが毎日今日こそ負けないとかやっているなんて思ってもいなかった。


 まあそんなわけで、適正量だけ食べるようにし、真剣に踊り続け、キレッキレな子豚になったころには、元の体形ぐらいまでは戻ったと思う。

 練習から動画をあげ、見事に痩せた結果まで動画サイトにのせたら、とりあえずは目標達成だ。

 流石にユー〇ーバーになって、これで稼ごうとは思っていない。子豚ダンスを人目にさらして、引くに引けない状態にするという私なりの、逃げちゃダメだ作戦だったが、上手くいって良かった。


「ちょっと休憩して、使い魔チャンネルでも見ようかな」

 最近は暇なので、踊るか、使い魔チャンネルを見るか、食べるか、本を読むかしかしてない気がする。

 異界に来てからというもの、掃除もご飯の準備もホテルの人がやってくれて、家事すらしなかった。

 唯一やってるのは洗濯ぐらい。しかしそれもコインランドリーという場所で簡単に終わる。なんとボタン一つで服を綺麗にし、乾燥まで出来るのだ。我が家にも洗濯機のセンちゃんに来てもらいたい。

 今まで川から能力使って水を引っ張ってきて、洗濯板でごしごししていたのだ。引きこもりで働いてないので時間はあるから別に問題はないけれど、楽できるところは楽したい。その点あの子は役立ち過ぎる。申し訳ないが異界に神隠ししてしまおう。豚小屋には君が必要なのだ。


「あー、また、病気の使い魔かぁ。性質の悪い風邪が流行っているのかな?」

 使い魔チャンネルをポチポチ変えていると、これで何度目か分からない真っ暗画面に出くわす。これ、やっぱり王様とかに伝えた方がいい案件なのかなぁ。

 でも王様もこんな頻度で病気の使い魔が出ているなら気づいてそうだし。虐待案件とはちょっと違う気もするんだよなぁ。

 そもそも伝えるには、一度元の世界に戻らなければいけないので、どうしようかなという感じだ。


 とはいえ、病気の使い魔をそのまま放置するのは忍びない。

 私は悪い魔女だけれど、病気の子に更に塩をぶつけるような悪事はしないのだ。弱者に悪いことをするようなちっさな悪はしない。

 というわけで、今日も今日とて、向こう側に顔を出す。入口として使うのは、ダンスルームにある大きめのテレビだ。これなら何とかくぐれると思う。


「どうもー、最近話題の呪われし子豚で――」

「……よう。何をやってるんだ?」

 まずは相手に警戒されないように、自分から名乗ってみたけれど、言い終わる前に私は固まった。

 先ほどまで運動していたので汁まみれなのだけれど、それとは別で冷たい汗が背中をつたった気がする。いや、そんな別に焦ることなんて何もないんだけど。

 うん。悪い魔女だけど、特に悪さしていないし。

 でも久々の王子を目にした瞬間、ぞわりと鳥肌が立った。


「な、何、何でしょう? 出張、国境なき……うーん。医者をしているわけではないし、強制送還?」

「確かに国境なんてお前には関係ないというか、国境どころか世界を越えているけどな」

 強制送還なんて言うと、使い魔が悪さをしたかのように聞こえるのでどうしようかなと思っていたけれど、王子は違う場所が気になったようだ。

 なるほど。言われてみると、国境といういい方は確かに少しずれているかもしれない。でも世界なきという言い方だと、滅亡したっぽい言いまわしな気がする。言葉って難しい。

「えっと。それで、こちらに病気の使い魔がいると思うんですけれど。王子、知ってますか?」

「病気?……ああ。あそこにいる、赤い子竜のことか。……なあ、お前が使い魔を気にするのは分かるんだが……」

 王子が何だが言いにくそうな様子をした事で、私は口をへの字にした。

 今の私は別に咎められるようなことはしていない。悪い魔女からは外れた行動かもしれないけれど、私の悪は安っぽくないのだ。久々の再会でそんな理不尽な事を言われたくない。

「何ですか。私が使い魔を強制送還するのが不満ですか? でも病気ならこちらではなく、あちらできっちり治すべきじゃないですか?」

 これで嫉妬云々言い出したら、本気で婚約破棄案件だ。

 私の方から三行半を投げつけて、もうしばらく異界に引きこもる。


「いや。それは頼みたいんだが……」

「そうですか? なら、何か他に問題が?」

 王子の顔が凄く困惑している。最初こそ、殺気立ったものを感じたけれど、今はそういうのはない。

 何だろう。浮気現場というわけでもないしな。……これ、浮気現場だったら、別の意味で嫌だな。なんというか、うーん。

「……ちなみに、ここに倒れた屍云々は気にしない方針なのか」

「えっと。痴情のもつれによるデスマッチサスペンス劇場でもしたんでしょうか?」

 王子がたたずむ部屋の中には、数人の男が倒れ伏していた。これ、あまりにあまりな惨状だったので、ツッコんでいいのか分からないから放置したんだけど。


「いや待て。デスマッチサスペンスって、お前の中ではどういう物語が組みあがってるんだ」

「普通に、逆ハーレム主人公を巡って、男たちが死闘を繰り広げる的な? 異界では、悪役令嬢に続き、逆ハーレムも人気なそうで。でも一人を数人で共有なんて無理なので、拳による語り合いで簡単に勝敗をつけようとしたのかと」

「待てこら。俺の婚約者はお前だからな。それでいくと逆ハーヒロインはお前だぞ?! 浮気は許さん」

「どんなクソ小説ですか。豚がヒロインって訴えられますブヒ」

 逆ハーヒロインは、平凡とか言いつつも一定基準の美を持っていなければいけない。ついでに心優しいとか、そういう要素もいる。流石にそれを豚に求めるのは過剰要求というものだ。


「そもそも異界の小説は、フィクションだといい加減理解しろ。現実に持ち込むな、馬鹿」

 確かに、簡単に勝敗はつくけれど、これで主人公が優勝者の事を好きとか言い出したら、サイコパスっぽい。いや。でも、自然界では雌を巡って男は争ったり求婚ダンスをするものだし。……うーん。なしとは言いきれない気も……。

「まず聞くが、お前はもしも俺が武術大会で優勝したら、俺と結婚するのか?」

「いや。普通にそういう修羅的なのは無理なので、婚約破棄一択ですね」

「だろ? というわけで、俺はそんな無駄な争いはしない」


 ……あれ? 何の話だっけ?

 とりあえず屍累々の中、王子と対面した私は生首姿で首を傾げたのだった。私が言うのもなんだけど……絵面がシュールだなぁ。

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