92話 飛ばした王子は正義の味方?
今日も元気だ――じゃない。
今の俺は、元気じゃない。心の余裕はゼロだ。
「魔女殺しなんてしてる奴が今さら空とぶ生首ごときで正気を失うはずないだろ。さっさと大元を吐け。裏社会に影響? ああ? んなの、知るか。手を出していいか悪いか気づけない馬鹿、さっさと引退させるのが裏社会的にもいいんだよ」
「空とぶ生首ごときって」
俺は一人の男を尋問すると、男は衝撃を受けたような顔をした。はっ。何をか弱いふりをしてるんだ。裏社会に足を突っこんだ時点で、地獄行きの覚悟はしてるんだろ。
「異界では豚だって、気合い入れれば飛ぶそうだ。他にも生首が、長距離を飛んだ伝説もあると聞いたしな。異界では普通なんだからごときで十分だ」
「ぶ、豚が?! 生首も長距離?!」
豚に変身する女戦士とか、真っ赤な空飛ぶ乗り物を操縦する豚とかいるとか婚約者は言っていた。
基本は食べられる運命だけれど、豚もおだてりゃ木に登るのが異界だ。気合を入れれば空だって飛ぶだろう。
生首はどんな話だったか。なんか異界の昔の偉い人の話だったような……駄目だ。アイツが中途半端すぎる情報しか寄越さないから思い出せない。すぐにアイツは食べ物の話にそれるから、その生首の名前を付けた【せんべい】が売っているという情報しか残っていない。
俺が婚約者との会話を思い返していると、男がブツブツと異界はなんて恐ろしいんだとか、豚が飛ぶなんてとか壊れた人形のように呟き始めた。やめろよ。この程度で心が壊れたふりとかするんじゃねーよ。異界の生き物である霊獣に手を出しておいて今更だろ。
「というか、豚なんてどうでもいいんだよ。ほら、さっさと吐け」
この男と、別室にいる魔女が見たという、呪いの子豚の幽霊というのは、まず間違いなく、俺の婚約者が関わっているだろう。一体何をやってるのか。
危険から遠ざけたくて異界に行ってもらっているのに、こんな風に物理的に首を突っ込まれたら守れやしない。というか出不精な引きこもりなのだから、危険な事が起こっている時こそ俺を頼れよと思う。
でも俺が渡した指輪は、指にははまっているが、いまだに使ってもらえない。そもそも誰かを頼るという選択肢が彼女の中にないのは知っている。だから俺から助けに行くしかないんだ。
男と魔女の話から、最終的に使い魔の裏販売のルートが見えてきた。
どうやら、魔法陣を作ったのは異国の魔法使いで、この国にそれが入ってきて悪用し始めたのは、つい最近のようだ。そしてその使い魔の裏販売には、何処の国にもある裏社会の人間が噛んでいるそうだ。
ま、そうだよな。
こういう、表では売れない、金持ちが好きそうな貴重品を扱うのはそういう奴らだ。金持ちとのつながりがあるので、彼らは裏社会の者といえど、法で裁かれる事は少ない。でも少ないだけで、下手を打てば、どれだけ権力があろうとも裁かれる。
そして今回は下手を打ったタイプだ。
悪事にも色々あって、国を壊滅状態に持ち込む麻薬販売とかも最悪だが、異界の生き物と魔女を巻き込んだものなど、それに輪をかけて最悪だ。
今回の件は使い魔がペットで、魔女をちょっとした不思議な力を持つ人だと思っている阿呆が始めたのだろう。実際には使い魔は、異界で幅を利かせるだけの実力を持つ者達で、彼らは人間でも魔女でも殺そうと思えば簡単に殺せる。今回の魔法陣により能力を封じられれば、か弱い人間にすら殺されるが、この世界にはちゃんとした魔法陣を使って契約した使い魔がそれ以上の数いる。
そんな彼らと真っ向から喧嘩したらどうなるか。
まず間違いなく、人間が敗北するだろう。そして場合によっては、人間が滅ぼされる。
今は彼らにそうするだけの利益がないから、より利益がある魔女との契約でこちらの世界に来ているだけだ。
そして魔女。
最近は魔女の力に置き換えることのできる科学が進み、魔女達は過去の産物となってきている。実際にそう思う人間は多いだろう。
しかし魔女と魔法使いというのは、結局のところ神のお気に入りだ。神は基本的にこの世界に積極的な口出しはしない。だから自分から自滅の道を歩んだ場合は干渉しないだろう。
でもそうではなく、不当に殺していったらどうなるか。
「俺の婚約者のことでちょっとは気がつけって思うけどな」
彼女が悪いわけでもないのに、不当に虐待され続けた婚約者は、彼女の意志決定一つで世界を滅亡させることができる立場となった。たぶんこれは神から俺らに対しての警告だ。
必ずしもそんな立場になるとは思えないが、神は不当に自分のお気に入りを害されれば、そこから災厄を振りまこうとする。
その災厄は人間を滅ぼしかねないものとなるだろう。
だからこれは、人間が手を出してはいけない範疇なのだ。
人間同士の争いや潰し合いではなく、人間以外を巻き込んだ悪事なのだから。
「……お前は、俺らを裁ける正義の味方だというのかよ」
色々知っていることを吐いた男は、最後にそう悪態をついた。
正義の味方ね……。
「俺が、本当に、そんなものに見えるか?」
俺が笑みを浮かべると、男はそれこそ化け物でも見たかのように黙った。
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