91話 飛べた魔女はただの呪われし豚
「……ヤバい」
今日も元気だ、お菓子美味い――と言いたいところだけど、そろそろ危険ゾーンに突入してきた子豚です。
王子達に異界に追いやられ、いつ帰ればいいのか分からず、途方に暮れながらホテル生活をしていた。ストレスで食欲減退しこのままだと痩せてしまうと思っていたけれど、全然食べていないようで私の体は無意識に食べ、肥えていったらしい。なんと、燃費のよい体なのでしょう。
ビフォーアフターすると、一目瞭然。
「着実に太ってきてる」
そして太ると、異界との入口が通り抜けできなくなる。
この場に体重計がなので細かな数字は分からないが、確実に顔の輪郭が丸くなっているのを、トイレの鏡に映る自分の姿を見る度に実感する。豚になる呪いの発動だ。
恐るべき【正月は太る】の呪文。でもホテルの朝食バイキングのご飯を残すのは忍びないし。
「うううう。本当に顔だけしか出せない……」
今現在利用している、漫画喫茶のパソコンの画面が小さいというのもあるけれど、そろそろ本気で何とかしないと、王子との再会が生首だけになってしまう。これでは悪い魔女ではなく、悪い幽霊。つまり悪霊だ。婚約破棄以前に、退治されてしまう可能性が高い。
先ほど虐待を訴える使い魔がいたので顔を出してみたけれど、本当に顔しか出なくて困った。なので、使い魔に頭突きして異界に移動させてみた。……デコが地味に痛い。しかもその様子を他の人に見られて、ものすごい叫ばれた。
確かに生首が使い魔を消したのだからビジュアルは最悪だろう。もしかしたら異界に飛ばすと一瞬で消えるので、悪霊に食べられたと思われたかもしれない。
失礼な! 私は調理済みでないものは食べない派ですと言いたいところだが、絵面がなぁ……。いっそ特殊メイクでもしてやろうかと思ったけれど、そもそもまんまる顔の生首って、別の意味でシュールだ。これ以上、下手にいじらない方がいい。
うん。ありのままの、姿見せるのよ。そして言われるのだ。少しも痩せてないわと。
「ううう。破滅の足音が聞こえる。駄目だわ。このまま王子に会うわけにはいかない」
脳裏にダイエットの文字が点滅する。
大きな画面がある電気屋に行けばそこから元の世界へ移動できるけれど、その後に起こるのは私の破滅だ。破滅のブートキャンプだ。もしくは破滅のランニングに、破滅の筋トレ……。想像するだけで、恐ろしい。もうトラウマレベルだ。
こうなったら、こっちに来てから太った分だけは王子に会う前に減量しよう。大丈夫。私はできる子豚だ。そもそも太るのは、私のアイデンティティ。仕方がない事。そして大切なのは、リカバリーだ。
「とはいえ、このままただ食べ続けるだけだと、呪いは解けないし……」
子豚の呪いは常時発動系なので、ダイエット食だけで乗り切るのは困難だ。
楽にとは言わない。
楽に痩せられるはずがないのは、破滅を迎える度に思い知っている。でも、せめて楽しく痩せたい。何か、何かないだろうか。
こう、心を躍らせる――踊る?
異界のインターネットというもので、検索しているうちに、私はアニメの曲に合わせたダンスを発見した。……こ、これだ。
ダンスを踊り続ければ、有酸素運動になる。そして、完璧に踊りきった時、私はきっと痩せているはずだ。
「……折角だから、ビフォーアフターを動画サイトというところにのせて小遣い稼ぎもしてみようかな」
異界だったら、恥もかき捨てだ。
よし。破滅を回避するため、まずは動画投稿用の道具を購入しに行こう。
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