90話 飛ばした王子はただの外回り
……嫁。
嫁が、嫁で、よめよめよめ――。
「はっ?! 今、俺の婚約者の匂いがした気が?!」
「……病の進行が早いわね。というか、匂いって、どんどん野生化してるんだけど。でもほどほどで止めときなさいよ。絶対、【異界渡りの魔女】は自分のことを棚に上げてドン引きするタイプだから」
「棚上げって、酷い言われようだな」
でも、納得。
追いかけないといじけるけれど、追いかけすぎると、ガチでビビるのが俺の婚約者だ。正直普通の男なら面倒だと思われるタイプに違いない。
というわけで、彼女に合うのは俺しかいない。
「緊張感はどこに……」
「そんなもの、今は必要ないから、心の倉庫にでもしまっておきなさいよ」
「いや、でも。これから違法な魔法陣を使っている可能性のある人に会うのよ? もっとこう、あるんじゃないの?」
そう。今俺達は【悪役魔女】が言うように、違法な魔法陣を使っている可能性がある魔女に会いに来たところだ。俺と失脚令嬢、更に【悪役魔女】の三人で来たわけだが、【悪役魔女】のみ終始ビクビクしている。……逆にその態度の方が怪しすぎるだろ。どう見ても、何か後ろ暗いことをしている人の行動だ。今日の所は、話を聞きに来ただけだけれど、こちらになにも後ろ暗いことがなくても警戒される気がする。
「そんな事言ったって、こんなことでいちいち緊張しても仕方がないだろ」
「で、でも本当に私達だけで大丈夫なんですか? もっと大勢で犯人を確保した方が……」
「別に護衛は少し離れた場所にいるんでしょ? 心配するだけ無駄よ。そもそもこの王子一人で小部隊級の力があるし」
失脚令嬢はシレっと隠れている俺の部下の事を話す。俺もあえて言っていなかったが、なんだかんだ言って、やっぱりこの失脚令嬢は公爵令嬢で、こういうことに関してはよく分かっている。逆に【悪役魔女】は、どうやら爵位も高くない貴族出身な為、護衛されることに慣れていないようだ。
危険な場所に行くのも初めてだろう。
そもそもこの【悪役魔女】は、色々断れない性質らしい。普通に情報提供だけでして、ここに来るのは拒めばいいものを、そういったことを思いつきもしなかったようだ。そして流されるままについて来た。
前に俺の婚約者に色々した時も、彼女の意志はもちろんあったが、どうやら周りから色々言われて最終的に旗頭となった節がある。色々危なっかしいレベルでNOと言えないタイプのようだ。
そして彼女を旗頭にした周りの魔女は、もしも俺がしゃしゃり出てきたり、【異界渡りの魔女】を怒らせてしまったら、彼女が勝手にやった事と言えばいいと思っていたらしい。完璧にいいように扱われている。
それでも俺や失脚令嬢が情報集めをするのに【悪役魔女】を使おうと思ったのは、彼女が魔女の中で顔が広いという事と、もう一点。彼女はこの間の件に関して、やった事を誰かの所為にしなかったところにある。
要領は悪いが、本当の悪人ではない。だから顔が広く、悪【役】なのだ。
「そういう事だから、グダグダ言わず、さっさと終わらせて、婚約者に帰って来てもらうぞ」
【悪役魔女】の案内でやって来た場所は、ただの集合住宅だ。
昔幅を利かせていた貴族が没落して手放した建物を改築し、様々な人が部屋を借りて住む場所に作り替えている場所だ。こういった建物はこの国には多く、失脚令嬢が手放したセカンドハウスも似たような扱いになっているはずだ。
「ぎゃああああああああ」
俺らが部屋へ向かっていると、けたたましい叫び声が聞こえた。俺は二人を置いて、その声の場所に向かって走る。
「コロポックル。おかしな人物がいたら、靴を凍らせて、足を地面にくっつけろ」
「ぴぃ!」
俺の言葉に使い魔が答える。
一瞬の隙さえできれば、俺が殴り飛ばせば意識を奪えるだろう。コロポックルに全身を凍らせるように命じると、凍死してしまい話が聞けないので、やりすぎには注意しなければいけない。使い魔は契約者に使う力量がなければ、可愛らしい見た目に反してとても危険な者達だ。
叫び声が聞こえた部屋についた俺はドアノブを回すが、鍵がかかっているようだ。その為、俺は足で数度ドアを蹴り上げる。
「よしっ」
「ひぃ。嘘でしょ……」
蝶番が壊れたので俺が扉を横にどかすと、俺に追い付いた【悪役魔女】が小さく悲鳴を上げた。
鍵がかかっていたから仕方がないだろ。俺だって、緊急事態じゃなければ蹴り壊したりしないさ。だから決して、婚約者に会えないというストレスを発散するために蹴ったわけじゃない。
部屋の中から悪臭がして、眉をひそめた。
「俺が中を確認するから、そこで待ってろ。安全だったら呼ぶ」
「分かったわ」
失脚令嬢が力強く頷いたので、俺は中に進む。
そして入ってすぐの部屋で、俺は倒れた男と、その隣で放心した様子で座り込む女性を見つけた。たぶん、女性はこの部屋に住む魔女だとして……何があったんだ?
「おい」
「ひぃぃぃぃぃ」
俺が声をかけると、女性は化け物にでもあったかのような声をあげた。
男の方はピクリとも動かない。死んでいるわけではないよな? 見た感じ、死人の顔色ではないし、血が流れている様子もない。
ただ、悪臭の正体はこの男のようだ。何があったのか知らないが、失禁しながら気を失っている。
「い、生きて。た、たすけ……助けて」
「何があったんだ?」
「で、出たの」
「出た?」
ガタガタと歯を鳴らし喋る女に、俺は聞き返した。出たって、何が出たらこんなに怯えるんだ? 女は虫が苦手だと聞くけれど、それにしては怯えすぎじゃないだろうか。
「ゆ、幽霊が。呪いの子豚の幽霊……出たの」
「は?」
……呪いの子豚の幽霊?
何だか、最近聞いたばかりの情報にいらないものが引っ付いている。正直その単語が、怪談話をコメディー化させている気がしてならない。
さらにその【子豚】という単語。俺はものすごく、聞き覚えがある。
「おい。大丈夫だから、誰か来てくれ」
この場は安全という意味で大丈夫という単語を使ったが、正直大丈夫ではない。うん。誰か巻き込もう。
俺は頭が痛くなるような状況に、ため息をついた。
……俺の嫁、一体何やっているんだ?
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