89話 飛ばした王子はただの空回り

 今日も、元気が出ない。嫁がいない……。

 そろそろ、婚約者不足もMAXになってきた俺は、憂鬱なため息をついた。

「重苦しい溜息だのう」

「婚約者を無駄に構い倒す行為は、心の栄養なんです。それが足りない今。俺は病気になりかけています」

 俺は、俺の不幸を嘆いた。

「いや、禁断症状が出ている時点で病気じゃなくて麻薬的なものではないか?」

 ……言われてみると、それに近いかもしれない。でも婚約者に酔うのは幸せなのだ。


「どちらにしろ、我が主が異界で言うゾンビのように働いておるんじゃ。死んでないなら、働くのが王弟の勤め」

 ……いや、それを言われると、俺も言い返せないけどさ。でも、俺の兄基準にしたら、この国がブラック企業化するから、俺がより働くよりも、兄を休ませた方が国民も兄も幸せになれると思う。義兄を真似たら皆過労死する。

 とはいえ、定期的に義姉が色々寝かしつけをやってくれているらしいけど。この間も強制的に寝かしつけをしなければいけなくなり、体力が兄弟そろってゴリラなのは何故だと義姉に文句を言われてしまった。……たぶんゴリラじゃなかったら、とっくの昔に死んでいたからじゃないかと思う。ゴリラだから生きてる的な。


「話を戻しますが、鳳凰。魔女や貴族に確認をしましたが、この国でも既に危険な魔法陣は使われているかもしれません」

「そうか。ただこちらも異国だが、使い魔から変わった話を聞いて来たぞ」

「変わった話?」

 興味深い情報でもなく、変わった話とは何だろう。

「出るそうだ」

「は?」

 鳳凰はニヤリと笑うと、手の指を見せるような形で前に出した。何のポーズか本気で分からず、俺は眉をひそめる。

「お化けが」

「お化け? お化けって、あれか? 死者の霊的なものですか?」

「そうじゃ。なんと、呪われた魔女として、死んだ魔女が現れるという噂がまことしやかに流れておる」

 何だそれ。

 真面目な話をしているのに、お化けって。

 確かに使い魔を奪う時、契約者である魔女は殺されている。しかしいくらなんでもお化けはない。あまりに馬鹿馬鹿しすぎる噂だ。


「そちらの世界はどうか知りませんが、この世界でお化けは眉唾もので、信じられていませんので」

 天国や地獄までは信じられているけれど、人を驚かせるお化け――つまり、悪魔という存在は信じられていない。

 異界ではまた違う可能性があるので、全否定はできないが、少なくとも俺はこの世界でのお化けという存在を信じていない。はっきり言って、もしも死者がお化けという形で、生者に関わることができるのだとしたら、俺は婚約者の親こそ化けて出てくるべきだと思っている。


「こちらも信じられてはおらぬよ。子供への教訓に使う程度じゃ。ただしのう。この噂はまことしやかに流れ、更にその【呪いの魔女】とやらが、一部捕まった使い魔を実際に元の世界に戻したそうじゃ。どうやらその呪いの魔女を見た者は呪われるそうでのう。様々な不運が訪れるとかなんとか言われているらしい」

「……使い魔を元の世界に戻した魔女は、自分で死んだ魔女の霊って言っていたのですか?」

「いや。呪われた魔女か、呪いの魔女かよくわからんが、そんな風に名乗って、別にお化けだとは言っていない。ただ、それを名乗った魔女は足がなかったそうじゃ。正確に言えば、生首だったらしい」

 生首が飛んでいたら、確かにお化けっぽいけれど、何かトリックがあるような気がする。そもそも魔女というのは、変わった能力を持つ者の総称なのだ。魔女の中に自分の体を消す能力の者がいてもおかしくない。


「そういえば、助かった使い魔がいるのなら、彼らから情報を聞き出せないのですか?」

 使い魔の誘拐犯も問題だが、呪いの魔女の方も怪しい。使い魔に恩を売って何らかの見返りを求めているのだろうか。

「それがな、契約者の魔女が死に、強制的にこちらの世界に囚われている間は、視力や聴力が著しく低下し、意識も朦朧としているらしくてのう。しっかり記憶にとどめておる者がいないのじゃ」

 ……【呪いの魔女】は使い魔が自分を認識できていないということも分かって助けているのだろうか?

 使い魔を助けているのだから、正義の味方の様だけれど、味方だと思うには情報が足りない。


「生首か」

 もしも本当にお化けなのだとしたら、さぞかし無念になりそうな死に方だ。……いや、でも、きっと何らかのトリックがあるはず。現れているのが例え本物のお化けだとしてもだ。

 死者になっても動く、もしくは死者に見せかける、または死者を動かすのが【呪いの魔女】の能力ならば、使い魔を元の世界に帰す力は、一体何だという話だ。【呪いの魔女】の勢力も一人ではないという事だろうか?

 ……頭が痛い。

 このままではいつまでたっても、婚約者に会えないではないか。俺はため息をつきつつ更なる情報を集めることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る