53話 飛べた魔女はただのシリアル派

「最近思ったんだが」

「何でしょう?」

 王子は改まった様子で私を真っ直ぐ見た。

「お前の口調ここのところずっと、敬語になっていないか?」


 秋深まる今日この頃。皆さんどうお過ごしでしょうか? 私は若干の修羅場の様な空気にさらされて、食欲減退しそうです。嘘です。今日も朝からきっちりご飯は食べています。これっぽっちも食欲は減退しません。でも美形が激おこすると、場の空気が凍るんです。その目を見ただけで石化するような空想に囚われるんです。実際足とか石化してるんじゃないんですかね?!(自棄)

「……も、元々敬語だったと思いますが」

「ああ。小ばかにした敬語を使っていたな。あ・え・て、使っていたな」

「二回言ってもらわなくても聞こえています」

 その話大切じゃないんで飛ばして下さい。未来志向は大事だと思う。


「だんだん砕けてきて、昔みたいになって、よっしゃーとガッツポーズした俺の純情を返して欲しい。そろそろ、元に戻せよ」

「……ガッツポーズしたんですか」

「した。ついでに、スキップして、四回転ジャンプもした」

「流石、人類を半分止めた男。喜びの表現がアスリートですね」

 この間異世界のフィギュアスケートというものを見たが、あれに近い。異界人は魔女みたいな能力はないはずなのに、どうしてぽんぽんとあんなに飛び回っていられるのか。やはり筋肉が違うのだろうか……。

 私は氷の上に立つ事さえ不可能だと言うのに。


「そりゃまあ。王子は王子なので、ちゃんと敬語を使わないといけないかなと思ったんですー。私は賢い魔女なんですー」

「婚約者ならいらないだろ」

「【癒しの魔女】だって、敬語使ってますー」

「あれは、もうくせのようなものだろ。お前の場合違うよな? 人から距離取りたくて、敬語使っているよな? ネタは全部上がっているんだ!」

 言い当てられてドキリとしたけれど、私は素知らぬ顔をした。悪い魔女として、ここは開き直るべきだろう。

「だから、なんだと? 悪い魔女が、誰かと慣れ合うとお思いですか?」

「悪い魔女なら、王子を誘惑しろ。よくそう言うネタあるだろ」

「あっ、それジャンル違いなんで。どちらかというと、私はお菓子の家とか用意する系ですから」

 流石にお菓子の城は、害虫湧きそうだからやらないけれど。黒光りする彼らとは縁を切った孤高の魔女だ。

 そして私は悪い魔女だけれど、お色気系ではなく、この家に迷い込んできたら最後、ぷっくぷくにしてやる系だ。……若干三名ほど、どれだけ茶菓子を食べてもぷっくぷくにならない人がいるけど。あれかな。アイドルか何かなのかな?


「そんなに俺が怖いか?」

「……ブートキャンプはそれなりに」

「真面目に答えろ。それ以上ふざけたことを言うと、口、塞ぐぞ」

 王子にまっすぐな目で見られて、声が出なくなる。息が詰まって、頭が真っ白になった。


 ……怖くはない。

 王子は怖くない。

 違うのだ。そうじゃない。そうじゃなくて――。

「……悪い。焦りすぎた。だからそんな死にそうな顔で俺を見ないでくれ。分かってる。お前は、ギリギリで踏み止まってくれているんだよな」

 何も答えられなくなってしまった私を王子はハグした。

 王子の言葉がところどころノイズになる。音が、聞こえない。


 分かっている。私が怖いのは、王子ではない。

 でもそれを上手く言葉にできない。

「――いつかでいい。俺はお前の婚約者なんだ」

「……口を塞ぐって、口封じみたい」

「ようやく反応したと思ったら、よりによってそこかよ。俺がお前を殺す事だけはあり得ないからな」

 ようやく出てきた言葉に、王子はがっくりと肩を落とす。

「例えお前が死にたいと思っていても、絶対死なせないから」

 王子の言葉は、やっぱりノイズが酷くて聞き取れなかった。

 今日も元気だ。だからシリアスなんていらない。私はシリアル派だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る