54話 飛ばした王子はただの調査中
「……ここが、あいつの故郷なのか」
俺は婚約者の故郷があった場所へ来た。
最近失脚令嬢の事など色々あって、少し焦りすぎた俺は、選択肢を間違えかけて、危うく婚約者の心を砕くところだった。寸前で、婚約者の表情の変化に気がつけて良かったと思うが、このままだとまた焦りで彼女を傷つけてしまうかもしれない。
なので、もう一度原点に戻るべく、婚約者について知る事にした。
そう彼女の悪夢の始まりを――。
婚約者の故郷は山里で、都からはとても離れた場所にある。自給自足が基本となっている場所だ。しかし今はもう里の形をしていない。人々から捨て去られ廃村となっている。
畑は手入れがなされず、草が生い茂っていた。家も空き家になって年月が経ったからだろう。ところどころ壊れ、野生の動物が入った形跡があった。
「酷いな……」
婚約者の故郷は、婚約者の両親が亡くなった病で多くのものが死んだ。
元々この地域は、領主がかなりの課税を貸しており、村人の栄養状態はとても悪かったと聞く。その中で流行った病は、村人の中でもさらに弱い者から命を奪っていった。村には医者もいたが、彼らの治療ではどうにもならず、体力があったものだけが生き残ったそうだ。
大勢の死者が出て、ようやく村で起こった悲劇がようやく国に届いた。そして国が重い腰を上げ、真っ先に行ったのは、病が広がる事を阻止するというものだった。罹った者を助けようという動きは二の次だった。
疫病が、王都に持ち込まれないように。
貴族の犠牲者が出ないように。
「……まだ人が住んでいたのか」
村の中を歩いていると、かまどの火が使われている家があった。でもそれはとても都合がいい。
俺はその家を訪ねた。
家の中から出てきたのは、一人の男だった。年は初老のように見えるが、食糧事情も良くないので、もしかしたらもう少し若いのかもしれない。
くたびれ、擦り切れた服を纏い、ひげなども伸びっぱなしで、誰かに見られる事を意識した様子がない。一人ぐらしなのだろうか?
「なんの用だ?」
「少々調べものをさせてもらっている。貴方は、この村で疫病が流行ったころから住んでみえるのだろうか?」
男は黙って俺をジッと見た。目が悪いのかもしれない。
そう思うと、自給自足するしかないここでの生活は大変だろう。助け合える仲間もいない廃村だ。それでもここで暮らしているのは何か理由があるに違いない。
「……そうだが。それが?」
「【異界渡りの魔女】がこの村出身だと聞いた。彼女が住んでいた家はどこか知らないか?」
「あんたも、俺らを悪魔だと罵りに来たのか?」
男の声に若干の怯えが混ざる。
【異界渡りの魔女】が世界の運命を担っており、このままだと世界が亡ぶと予言された時、その予言を知ってしまった者の多くは、【異界渡りの魔女】のご機嫌取りをしようとする者と、【異界渡りの魔女】をこの状況にした者たちを私刑する者に分かれた。
私刑した所で俺の婚約者が喜ぶとは思えない。だからあれはただの鬱憤晴らしでしかなかった。だから俺はあれを正義とは言いたくない。
でも私刑の所為で、疫病から何とか生き残った者達は、村に住んではいられなくなった。元々疫病の所為で人口を減らし子供が死に絶えた村は、貴族らの嫌がらせにより、一人、また一人と逃げ出し、やがてなくなった。
「俺らが何をしたというんだ」
「分からないから、それを見に来たんだ。それで、【異界渡りの魔女】が住んでいた家は何処なんだ?」
婚約者の過去を探った時、俺は初めて鍵付きの記憶というものに出会った。
どうやら鍵付きは、彼女の両親が亡くなった辺りのものだという事しか分からなかったが、たぶんこの辺りが彼女が歪んだ最大の原因があると踏んでいる。俺と【予言の魔女】が彼女の隣から居なくなったあたりで、さらにこの歪みは大きくなったが、根本はここだ。
取返しのつかないミスをする前に、俺はそれを知らなければならない。
「……ここの隣の家だ」
男は何かを言い訳する気力もない様子だ。
疲れ切った表情に、俺も特に尋ねるのはやめた。婚約者は村人に傷つけられた。でも婚約者は仕返しを望んでおらず、そしてこの男がこれまでずっと平穏な人生を送って来たとは思えない。謝罪を受ける資格があるのは婚約者だけで、俺が引っ掻き回していい問題ではない。
「礼を言う」
俺がその場を立ち去ろうとした瞬間、男は俺の腕を掴んだ。震える手は、まるで枯れ木のようだ。かなり痩せている。
それでも、その掴む手は引き止めるには十分な力があった。まるで死ぬ寸前に一筋の望みでも見つけたかのように。
「……あの子は元気なのか?」
「魔女を知っているのか?」
「隣人の子だからな」
何とも言えない返事だ。恨んでいるのか、それとも後悔しているのか、何を考えているのか分かりにくい。
「村がなくなったのは、【異界渡りの魔女】のせいではないぞ」
婚約者を勝手な妄想で傷つけられるわけにはいかない。だから先に釘を指すと、男は疲れたような顔で俺を見た。痩けた頬が、男の苦しい現状をものがたっている。それに同情はしても、俺は婚約者が優先だ。
「ああ。原因は俺ら大人だ……。貴方が、あの娘を知っているならば、どうか俺の懺悔を聞いてもらえないだろうか」
男はそう小さな声で俺に懇願した。
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