50話 飛べた魔女はただの面倒くさがり

「ああ。いらっしゃい。そろそろ、返答期日ですね」

「わふ」

 今日もいい日だ、秋ナス美味い。

 なんとなく異界のそうめんが食べたくなって、ついでになすを天ぷらにして食べていると、緑色の犬がやって来た。

 まあ今度の魔女会の開催一ヵ月前になったから、出欠席の返事をそろそろしないとなぁとは思っていたのだ。返事したくないなー。めんどくさいなーと思って先延ばしにしていたら、催促が来てしまった。

 つぶらな瞳で見られると、待たせる事に罪悪感を感じる。


「あれから、【予言の魔女】の周りを彼女の使い魔に見てもらったんですけど、平和なんですよねー」

「わふぅ」

「分かってますよ。【予言の魔女】の大切なものについて話があるというなら、話があるんでしょうね」

 以前彼が持ってきた手紙には、『ハロウィン会場にて、【予言の魔女】の大切なものについて話がある』と書いてあった。まあ、ただそれだけなのだけれど、【予言の魔女】に関しては、私とは大きく立場が違うのだ。

 【予言の魔女】はその類まれなる能力の為に、王の養女となり、教会に力を貸している。立場的には教祖様、もしくは神に仕える巫女のようなもので、国の姫君としてとても大切にされていた。王だって、彼女の予言には逆らえない。そんな雲の上の様な立場なので、本来なら私のような一介の魔女が文通できるような相手でもないのだ。……毎日やってくる王子については例外とみなす。

 そんな彼女が大切にするものと言えば、彼女の本当の家族である。

 【予言の魔女】は一応孤児ということになっているが、本当の家族は生きており、孤児院に居た時から仕送りしていた。そして王家に養女として入る事が決まった時も、その理由は家族を守る為だと聞いている。


 となれば、【予言の魔女】の大切なものというのは、彼女の家族の事の可能性が高い。もう一つ、【予言の魔女】の大切なものとしてお金もあげられるけれど、お金なら今は沢山手に入っているはずなので除外する。というか、大切なものについての話で、お金の話が出て来るのなら、これは王様とか教会の関係者にかけあって欲しい。引きこもりの豚には何もできない。

「王家の目をかいくぐって【予言の魔女】の家族に何かしようとか、本当に皆暇ですよね。美味しい物食べて、人の事なんて気にしなければ平和なのに。ああ。すみません。カリカリ出しますね」

 お客様にたいして茶菓子も出さないなんて、悪い魔女の名に恥じる行為だ。うん。どんな使い魔も、ぷっくぷっくにしてやんよー……。あ、コルポックル達は止めときます。その後に待ち受ける破滅の足音が怖すぎるので。もう運動の秋は十分堪能した。そんな秋が続くなら、早く冬になった方がマシだ。


「いいですよ。出席します。たぶん魔女の方々も私が出席したという話題が欲しいだけですよね」

 とりあえず出席して、何か面倒な事があれば異界にしばらく逃げればいい。ほとぼりが冷めるまで猫カフェめぐりとかしてもいいな。ちょっと気になっていたのだ。

「わん」

「あ、すみません。猫カフェだけじゃなく、犬カフェにも行きます」

 どうやら私の不穏な考えを見抜いたようで、彼は吼えた。そして私の足にすりすりすり頭を擦り付け、つぶらな緑の瞳で見上げてくる。……分かりましたよ。撫でますよ。あー。サラサラで素晴らしい毛並みですね。口に出してないのだから、少しぐらい浮気してもいいじゃないですか。貴方も可愛いし、異界の子も可愛いんですよ。私は箱推し組なんです。可愛いは正義なんです。比べてはいけません。ナンバーワンでなく、オンリーワン。みんなみんな、特別で可愛いんです。


「オンリーワンな価値と言えば、このご時世魔女も価値づくりが大変そうですからねぇ」

「わふ?」

「異界ほどではないのですが、昔に比べて魔女でなくてもできるようになった事って沢山ありますから。もう魔女だからすごいの時代は終わりに差し掛かっているんです。魔女が使い魔を持つ事に躍起になり始めたのもそれがあるからですよ。まあ貴方達にもメリットがあるから、ウインウインでいい関係なんですけど」 

 今の魔女はこぞって、使い魔を欲しがる。それがステータスになったのは、魔女としての価値が失われつつあるからだ。

 名持ちの魔女ではない魔女の能力はとてもささやかだ。

 昔はとても大変な作業だった火おこし。だから小さなともしびでも、火を生み出せる魔女はとてもありがたがられた。しかし今では誰でもマッチ一本でかまどに火をつけられる。

 魔女の力と同等のものが、科学の力で再現できるようになってきていた。異界を見れば分かる。今後はもっと魔女の力は特別でなくなるだろう。


 だから魔女集会で魔女の価値を高めようと団結するもの達がいる。たぶん今回の手紙はそんな関係者が絡んでいるのだろう。

 一般的に魔女は自由だと言われる。でも本当に自由なのだろうかとたまに思う。少なくとも価値を高めようと躍起になっている人達は自由に見えないし、名持ちも名持ちで色々厄介な面があるから自由ではない。

 魔女は魔女であるだけで面倒だ。


「さて。カリカリ食べたら手紙を持って帰って下さい。ちゃんと忘れっぽい私が忘れないように大事に持ち歩いていたんですよ。少し折れ曲がってしまいましたが」

 色々忘れっぽい私は、ポケットから手紙を取り出し渡す。

 忘れっぽくて、さらに考える事が苦手な私でも洗濯の度に見れば、嫌でも思い出す。その上で考えて、考えて、出席する事が、【予言の魔女】に対する償いになるかもしれないという結論に至った。

 私がいたから、【予言の魔女】は自分が【予言の魔女】だと言わなくてはならなくなったのだと、彼女が傍にいなくなった時に彼女を迎えに来た大人に言われた。私の能力を活かすために、彼女は能力を使っていたから隠せなかったのだと。

 家族を守るためとはいえ、魔女だと知られなければ、【予言の魔女】は普通の人のように自由に生きられた。それを駄目にしたのは私だ。


 私の存在そのものが人を不幸にしていくのだと大人は言う。そう、私なんかがいたから――。

「わふっ」

 使い魔の声で、私はハッと顔を上げた。

 すると何かを考えていたはずなのに、その言葉が全てするりと手のひらからこぼれ落ち、一瞬で分からなくなる。

 多分分からなくなるという事は、きっとどうでもいい事だ。考えない方がいい。

「あ、すみません。あれ? 何の話していたんでしたっけ? とりあえず、一緒にご飯食べましょう。天ぷらはサクサクが一番で時間が経つと美味しくないんです。そうめんものびると美味しくなくなってしまいます」

 今日もいい日だ、飯が美味い。

 こういう時は面倒な事は忘れて、目の前のご飯に集中した方が幸せだ。

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