45話 飛べた魔女はただの美容中

「さあ、さあ、さあ、観念なさい」

「ひぃぃぃぃぃぃ」

 今日も元気だ飯が美味いと言いたいところだけれど、私は料理される一歩手前の豚のように叫び声を上げていた。いや、流石に豚を生きたまま調理する鬼畜なんていないと思いたいけれど……。

 でも生きたまま追い詰められた私は、部屋の端でとうとうここまでかと膝をつく。


「痛くしないで下さい……」

 私は今日も総菜パンを強奪して言った公爵令嬢に、望みを言う。もうこうなったら、諦めよう。でも、痛いのは嫌だ。

「痛くないわよ」

「分かりました。服を脱ぎますから、ひと思いにやって下さい」

 私は調理される前の魚の気分を味わいながら、ジャージをぬいた。そして生まれたままの姿になると、大きめのタオルを巻く。


「……大袈裟ねぇ。ただの泥パックよ? 豚だって泥水かぶんるんじゃなかったかしら?」

「皮膚呼吸できなくなります。私は豚だけど、野生の室内豚なんです!」

「それ一体どういう豚よ」

 呆れたように言われたが、私自身、今の言い訳はちょっと苦しいかなと思った。でもあの灰色のドロドロしたものを顔や体に塗るとか、私は石像にされるのではないかという恐怖が出てくるのだ。

 いつ死んでもいいけど、石像化とか、そういう特殊な殺害は止めて欲しい。

「大体、美容美容って、豚を磨いて何が楽しんですか?!」

「私が楽しいわ。私ね、公爵令嬢じゃなかったら、美容関係の仕事をしたかったのよ。古今東西、昔から女は美を求めてきたわ。豚だろうとなんだろうと、磨いて光らせる。納得できないなら、ほら、ペットをトリミングする飼い主的な気分よ?」

「私は一応王子の豚です。公爵令嬢に飼われている覚えはありません」

 野豚と言っているが、一応ご主人様は王子だ。それ以外に飼われた覚えはないし、間違っても公爵令嬢ではない。


「ふーん。そこは王子なのねぇ。まあ、いいわ。王子の為に美しくなりたくないの?」

「ないです」

「そうよね。そもそも女性が美しくなるのは、男性の目を気にするためだけではないし」

「……そうなんですか?」

 やる気を削ごうときっぱりと否定したけれど、逆にそれを肯定されてしまって戸惑う。

「結局のところ、自信をつけるためって所が大きいわ。特に何でもない相手が、そのままの君が好きだ、痩せなくてもいいと言った所で、女は好きな服を着る為に痩せるのよ。それに、馬鹿みたいに細くするコルセット姿が好きな殿方って意外に少ないの。やっぱり適度が一番。でも女はあの狂気の沙汰な細さにあこがれて、必要以上に締め付けるのよね。美しさは女の武器だから」

 なんと恐ろしい女の戦い。

 締め付けゼロのジャージな私は初めから負け組だ。


「でも私も締め付けすぎるコルセット反対派だから、貴方がコルセットを拒否するのは別にいいのよ。ただ分かって欲しいのは、媚びを売る為に女は美しさを追い求めるんじゃないって事。だから貴方が綺麗になる事は貴方のためよ」

「いや、そもそも綺麗になりたいとか思ってないので。生まれた時から、白旗振っていますので」

 女の戦場に私はそもそもお呼びでない。

「王子をめぐる女の戦で、白旗振って貰ったら困るのよ。さあ、私に全て委ねなさい」

「ひぃ。イタタタタタタ!! ギブ、お願い、無理ぃぃぃぃぃ」

「痛くない、痛くない。というか、この程度で痛いって、浮腫みすぎよ。また王子に怒られるわよ」


 その後私はつるピカ美豚に進化したけれど、誰得よ。コレ。

 とりあえず、女の美への執念は恐ろしい事を知った。

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