44話 失脚令嬢はただの親友候補
「ごきげんよう。王子殿下」
「何の用だ。失脚令嬢」
俺が婚約者の家へ向かう道中で、失脚令嬢は待ち伏せをしていた。彼女のおつきのものはいるが遠く離れた所でこちらを伺い見ている。そして失脚令嬢自身は俺には両手を上げ、何も武器を持っていない事をアピールした格好をしていた。……こうやって会うと、おおよそ、令嬢らしくない令嬢だと思う。ついこの間は傲慢で貴族らしい貴族令嬢と思っていたが、どうも本質は違うようだ。
「何の用とは酷いですわ。折角、魔女の情報を教えてあげたのに。【異界渡りの魔女】ほどとは言わなくても、もう少し優しくして下さってもいいと思うのですけど」
つい最近、俺はこの女に今日の様な形で待ち伏せされ、声をかけられた。
そしてそこで、魔女集会に参加しない俺や【予言の魔女】の知らない情報を、彼女は一方的に流してきた。
「その情報が本当なのかは、今調べ中だ」
「【異界渡りの魔女】が魔女集会の出欠席の用紙を保留にしている事は嘘、偽りない事実ですわ。【癒しの魔女】もあまり魔女の繋がりを重視してないので知らないのかもしれませんが、魔女達の間では、とうとう【異界渡りの魔女】が出席するかもしれないとちょっとした騒ぎになっていますのよ?」
先日は出席するわけがないと言っていた婚約者なのに、どうやらこの失脚令嬢の情報網によれば出欠席を保留にしているらしい。
いつもなら婚約者はすぐに欠席と使い魔に伝言を渡していた。しかしそれをしないという事は、それなりの理由があるという事だ。
その理由が気になった俺は婚約者の家で過去視を行ってみたが、緑色の犬が魔女集会の出欠の手紙を持ってきたところまでは確認できたが、生憎と手紙の内容までは見る事ができなかった。
俺の能力は物を通して過去を見るだけの能力だ。過去を見ている時間はどういうわけか現在の時間に影響をしないようで、数年の記録を見ても数秒しかこちらの時間は動かない。ただし制約もあり、好き放題に見れるわけではなく、俺が触った物が見た光景しか見えない。なので好きな角度で見たい場面を見られるとは限らなかった。
その上その過去をどうしても見られたくないという強い意志が存在すると、鍵付き状態になり、見れない場合もある。といっても、鍵付きになるのは、トラウマレベルで忘れたがっているような過去だ。ただ隠したいという後ろ暗い程度の介入では鍵付きにならないので、よっぽどお目にかかる事はない。
今回の手紙の場合は、場所が悪かったのと、婚約者が情報をほとんど口にしなかったのが災いして俺は知る事ができなかったと推測している。鍵が付いている感じではなかった。
「【癒しの魔女】に、この間招待状を探してもらったが見つけられなかった」
コロポックルとのランニングをだしに婚約者を外へ連れ出し、義姉に手紙の捜索をお願いしたが、残念な事に手紙を見つける事ができなかった。俺が探した方が早いだろうが、婚約者に隠れて探すとなると、誰かが家の中から彼女を連れ出す必要がある。しかしそれができるのは今の所俺だけだ。
「まあ、あの【異界渡りの魔女】が悩む要因なんて簡単に想像がつくから、多分手紙は巧妙に隠してあるとは思うけど……」
「要因?」
俺が眉をひそめれば、これ見よがしにため息をつかれた。
「そんなの、貴方か、【予言の魔女】か霊獣のどれかでしょ? まだ出会ってそれほど立ってなくても、【異界渡りの魔女】を見ていれば分かかる話だわ」
そう言って失脚令嬢は肩をすくめた。
令嬢っぽい喋りも止め、あきれ顔で俺の事を見ている。
「待ってくれ。俺? それに【予言の魔女】? いや、確かにかなり心を許してもらってると思うが……」
【予言の魔女】は許されないとかなんとか言っていた。俺だって婚約者が【予言の魔女】を嫌っているとは思えないけれど、あの頑固者の婚約者を動かすほどになるだろうか? 確かに霊獣ならば、可愛い者好きな婚約者を動かしそうな気もするが。
「貴方のおかげで世界は滅ばなかった。【異界渡りの魔女】にとって、それぐらいの価値が貴方にはある。そして【予言の魔女】とは唯一連絡取り合ってるでしょ? たとえ今、私が個人的な手紙を送っても門前払いよ。直接出向かなければ返事なんて来るはずない。それが来るって事は、認められているという事に決まってるじゃないの。あーもう。腹立つ」
忌々し気に、失脚令嬢は髪をかき上げた。
「ん? 手紙のやり取りを知っているという事は、お前、【予言の魔女】に言われて俺の婚約者の家に来てるのか?!」
俺との結婚を諦めたのに何故婚約者にまとわりつくのかと思ったが、原因はそこか?!
「そうよ。貴方も知っているように、私のお父様は失脚したわ。財産の半分を国に没収されて、我が家はとんでもない状態よ? 無駄な豪邸も財産換算されてるから、現金はほぼ持ってかれたし、所有する鉱山もなくなったわ。でも爵位は落とされていないし、お父様は処刑されなかった。そうならないように、【予言の魔女】が手を貸してくれたの。だから私は彼女の願いの為に通ってるのよ。あんな父だけど、父親だもの。見捨てるわけにはいかないでしょ?」
なるほど。
【予言の魔女】が絡んでいたなら実行するしかないだろう。【予言の魔女】は無償で力を貸してくれるようなお優しい性格はしていない……ん?
「さっきの魔女集会の話は【予言の魔女】には言ってないのか?」
俺か【予言の魔女】か霊獣が、婚約者の行動を縛るのなら、【予言の魔女】はもっと積極的に俺に婚約者を守れと言ってくるはずだ。
しかしあっちからは何も言われていない。
「言ってないわ。だって、彼女との契約に、そこまでのお節介は含まれてないもの。私は【異界渡りの魔女】の様子を伝える事だけが仕事よ」
「じゃあ、なんで俺に言った? 俺に取り入りたいのか?」
「そりゃ、第二王子の加護貰えば、百人力よ。いい結婚相手も探せるでしょうね。でも、生憎とこの話は貴方に媚びを売る為ってわけでもないの」
失脚令嬢は深くため息をついた。
ものすごく疲れたような顔をしたが、すぐさま顔を上げキッと俺の方をにらむ。
「いい? 私は死にたくないから、死なない為の最善を行くわよ? あんた達が要らないって言うなら、【異界渡りの魔女】の親友の立場を奪い取ってやるんだから」
「なんだ、その理論。親友って打算でなるもんじゃないだろ?」
そもそも打算があろうとなかろうと、婚約者の親友の立場は中々なれるものじゃないと思うが。
「あら。打算で近づいて、後に親友になるのなんて全然おかしなことではないわ。というか貴族社会なんてそんなものでしょ。打算が全くなければ舞踏会に出席する必要もない。でも【異界渡りの魔女】は全く打算なく生きてるのよね……。知ってる? 婚約者を奪い取りに来た女に、普通に焼き芋差し出してくる子なのよ?」
「は?」
いや。最近一杯芋食ってるなと思ってたけど、そんな事していたのか。
「私と正反対。自分の為の打算がまったくない姿ってね、なんか見ていて痛々しいのよ。がらじゃないけど、使い魔たちが彼女を心配する気持ちはわかるわ」
それは……俺も分かる。婚約者は誰にも、何も期待していない。期待しないから、打算を持たない。
「そしてね、貰ったならそれだけのものを返すのが私の流儀なの。一方的に恵んでもらうとか冗談じゃない。もちろん利用はさせてもらうけれど。うかうかしてると、私が彼女の親友になってるからね?」
そう言ってにいっと魔女は笑った。
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