46話 飛べた魔女はただの美豚

「なななななっ、何だ。その格好は」

 いつも通りやって来た王子は、私の姿を見るなり固まった。そして数秒のフリーズ後叫んだ。まあ、固まるし、叫ぶ気持ちも分からなくもない。


「世にも珍妙な、豚のドレスアップです。加工工程は料理みたいでしたけど」

 塗りたぐられたり、もみこまれたり、蒸されたり……思い返しても恐ろしい。おかげでダイエットしてないのに痩せた気がする。

 そんなげっそりとする私の隣では、公爵令嬢が達成感満点のものすごいどや顔していた。動き的には絶対、公爵令嬢の方が疲れたはずなのに……タフだ。

「いいでしょう? 今日の服は適当な私のお古を出したので、必要な時は王子がプレゼントして下さいね。ほら、好きな女性に服をプレゼントするのは男のロマンですよね?」

「ななななっ」

「あっ。私、いりませんから。そういう気遣い。前に貰ったのも箪笥の肥やしですから」

 なんか私の所為で、色々国のお金が動いているらしいし、もうこれ以上はいらない。あまり私にお金をかけすぎると、民衆が激おこするのではないだろうか。というわけで、私の装備はジャージで十分だ。いつだって私は戦わない。


「いや、プレゼントする。だから絶対俺のを着ろよ。他の奴から受け取るんじゃないぞ?!」

「受け取りませんよ」

 王子のも王子以外のも。

「王子の貰うだけ貰ってやりなさいよ。貴族女性は夜会の度に、新しくドレスを新調したりするのよ?」

 なにその無駄遣い。

 でもこっちのドレスは洗えないものが多いのでそうなるのも分からなくもないけれど、貰っても邪魔だし、着にくいし、いい事がないのだ。

「でも異界の服の方が着やすいし、洗えるしで、使い勝手がいいんです。そもそもコルセットとか、拷問具だし」

「たしかにその点、【異界渡りの魔女】が付けている下着は画期的ね。あれなら胸を形よくできるけれどお腹は苦しくな――」

「俺の前でそういう話をするな!!」


 妙に異界の下着に興味を持った公爵令嬢が色々語り始めると、王子が顔を真っ赤にして怒鳴った。まあ、そうだよね。豚の下着なんて別にどんなのだって気にしないだろうけれど、美少女に下着の話をされれば色々ムラムラするのだろう。男だし。

「あら、失礼しました。いっそそのままムラムラして押し倒せばいいのに」

「ふざけるな」

「ふざけてはいませんわよ」

 シレっと公爵令嬢がいうけれど、王子の事は諦めたと言っていなかっただろうか? もしかして、ワンチャン狙っちゃってます? 確かに豚小屋に何度も通えば、王子と顔を合せるタイミングも増えるし、愛が芽生えるかもしれない。

「王子は公爵令嬢の顔が好みなんですか?」

「違うわ馬鹿。話をややこしくするな!」

 酷いな。折角二人の仲をお手伝いしてあげようかなと思ったのに。

 見事コールインしたら、晴れて世界は滅亡一直線だ。めでたし。めでたし。世界平和より真実の愛を選ぶとか、すっごい好まれそうな話なんだけどなぁ。


「本当に王子の言う通りね。言っておくけど、王子がいなくなったら、貴方に婚約話が恐ろしい数舞い込んでくると思いなさいよ?」

「へ? いや、婚約話が来るなら王子の方では?」

 むしろ、今も来てるんじゃないだろうか? 豚と王子の婚約なんて、誰得話だ。きっとこんなのあり得ないと立ち上がるお嬢様がいるはず。

「いい? 予言の魔女は、貴方が恋すれば世界は救われると言ったのよ? 王子に恋すればじゃないの。今は王子がいるから、上手く手が出せないけど、それがなくなれば、一番人気よ?」

「えっ。いや、私アイドルじゃないんで、そういう人気はいりません」

 人生のセンターなんて狙っていないのだ。むしろアイドルながめて、ポテチポリポリしたい派だ。

 というか豚に婚約申し込むとか、罰ゲームすぎるだろう。不幸な若者は増やすべきではない。


「まあ異界に逃げ込むという荒業があるから、無理やりはないだろうけど、私みたいに毎日、毎日通い続ける男が現れてもおかしくないわ」

「……暇人ですね」

「今日のこのお披露目は、貴方に自信を付けさせる目的もあるけれど、王子様にも危機感を持ってもらいたくて、着飾ったという背景もあるの。ね、王子? 相手の気持ちを思いやるのはいいけれど、見誤ると大変な事になるって分かってるわよね?」

 なんの危機感だ。豚の化け物を見た事で、皆が倒れないように気を付けろ的な危機感か。確かに着飾った豚を見たら、とうとう婚活にやる気を出してしまったのかと、世の男が恐怖するに違いない。豚と結婚とか負け組だ。


「私は王子の飼い豚なんで、知らない人から餌付けされたりしないんで大丈夫ですよ? そもそも、わざわざ豚を見に来る人だって少ないんですから」

 異界の動物園だって、人気はゾウとかパンダとか、ライオンとかだ。豚の需要は低い。豚は逆立ちしても人気者にはなれないのだ。

 そもそも私は誰とも結婚する気はないから、そう心配する必要はない。豚に結婚を迫られるなんて心配するだけ損である。

「……現実逃避もここまでくると天晴だわ。でも打算がない優しさってね、本当に厄介なのよ。第二の私が性別が女性とは限らないの。だから王子がこの姿をちゃんと覚えてなさいよ?」

 いや、豚の化け物の姿をそんなに頑張って覚えておかなくても大丈夫ですって。ご飯不味くなってしまいますって。

 うん。今日もいい日だ。美味しいご飯の事だけ考えていれば、皆幸せだと思うんだけどな。

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