41話 異界渡りの魔女は愛され魔女

 兄から借りた鳳凰は鳥の姿をしている。

 朱色と紫、そして黄色の羽毛を纏う姿は、この世の鳥とは思えぬ美しさ。実際、霊獣である彼女は、異界の生き物だ。更に異界では幅を利かせた王者のような立場らしい。

 そして彼女のような存在を使い魔にできるのは、こちらの世界でも王ぐらいのものだ。使い魔契約というのは、こちらが呼びかけ、霊獣の方に選んでもらう形となる。だから兄上は、次期王なのだ。

 たとえ、兄がそれを納得していないとしても。


「鳳凰、どうして俺が話をしたいか分かってますよね?」

 俺が睨むと、鳳凰は美しい女性の姿になった。但し、目元に赤い朱色の線が描かれた変わった化粧をしている。髪は薄紫色をしており、それが簪で結われていた。髪色だけでもすでに人とかけ離れているが、縦長の瞳孔をした金の瞳を見れば誰でも人ではないと理解するだろう。

 服装もこの国のものではなく、東の方に住む民族衣装に近い。体のラインに沿って作られていない服を胸元で合わせ帯でしめている。


「ご機嫌麗しゅう。王弟殿」

「挨拶はいいです。それよりどうして、【異界渡りの魔女】との関係を黙っていたんですか?!」

 鳳凰が太った事件の時に、気が付くべきだった。ただしその頃の俺は国外にいたので、婚約者の現状がどうなっているか知らなかったのだ。そして帰って来た時には鳳凰は元の体形に戻っていたので、婚約者の肥満に繋がらなかった。でもよく考えたら、どちらも飛べない豚状態で、ものすごい残念な接点はあった。

「黙っていたとは人聞きが悪い。聞かれなかったから答えなかったまで。我が友人を粗末に扱う者達に、どうして全てを洗いざらい話さねばならぬと?」


 かすかに感じる怒り。

 その怒りに反応して体が一瞬こわばる。でもこれは本能に基づくもの。俺は自分の腹に力を入れて、震えを飛ばす。

 霊獣の王というのは、血筋ではなく、力の強さで決められる。そしてこの威圧が、彼女が霊獣の女王の一人という事を物語っている。

 しかし俺だって一応王弟と言われる立場。簡単に膝を折るつもりはない。それにだ。

「本音は?」

「美味い茶菓子を禁止されたくないからな。出禁になったら、我はストライキを起こすぞ。若干の我慢はできるが、なしになったら耐えられぬ」

 だよな。うん。

 

 【異界渡りの魔女】に対する扱いへの怒りがあったのは事実だろうが、それだけだったら改善の為にコイツが一言いえば良かったのだ。それをしなかったのは、俺の婚約者が望まなかったのと、でぶった理由を知られる事で、行動を制限されてお菓子を食べられなくなるのを阻止したかったのだろう。霊獣は高い知性を持つが、本能も強い生き物だ。食欲全開料理を並べられれば我慢はできないに違いない。


「それで、のぞき見の件は兄上には言ってあんですか?」

「言うわけなかろう? 言ってしまえば我が憩いの場所が消える可能性があったからな」

 そりゃそうだ。

 【異界渡りの魔女】がそういう事に対して全くの無欲な上に、知り合いがほとんどいないから何も起こっていない。しかし本来は見られてはマズイ国の重要機密が漏洩しまくり状態なのだ。それもこの国だけではなく、確実に麒麟がいる同盟国のもだろう。それどころか他の国も怪しいのではないだろうか。

 デブっていないから=交流がないとは限らない。距離的に年に数回しか通えないならば、その日のみ暴食した所で激太りはしないだろう。


「それに我らもあの娘へ悪影響をもたらすような情報は一切流してはおらんぞ。エロもグロもなしと、皆で決めておるし、それを神もお望みじゃ」

「アイツに悪影響がなくても、国にとっては不味いものだらけでしょうが」

 王族の機密情報握りまくりのこの状況。エロとかグロの問題ではない。

「ほう。ここ数年流しておるが、どの国も全く問題はなかったぞ。それにな。あの娘は我らの友人で、我らはあのころの娘に対する待遇に怒っておると言ったろう?」

「……わざとか」

 確かにそう言っていた。異界の菓子云々もあるだろうが、これは霊獣達の警告なのかもしれない。【異界渡りの魔女】がひとたび知り得た情報を使えば、国の名前が消える危険だってある。それだけの力を彼らは貸し与えたのだ。


「まあ、我らが動かなくても、神が先に動いたが」

「神?」

 そう言えば、さっきも神がお望みとか言っていたな。

「あれは、神に愛されておるからな。まあ我も、すっごい愛しておるから、一杯贔屓をするつもりじゃ。エロが駄目でなければ、お前さんのエロ本の一つや二つ見せてやって弱みを握らせたのに。口惜しい」

「ふざけないで下さい。というか、何で俺の所有物知ってるんですか?! いや、そもそも持っていないですから!」

 俺の個人的なものは、もちろん自室にしかないし、そこには兄も立ち入らない。というか、止めてくれ。頼むからその情報だけは婚約者に言うな。

「コロポックルに旨い寿司を差し入れたら教えてくれたぞ」

「嘘だろ?! おい。コロボックル。俺を売ったのか?!」

 自分の使い魔の名前が出てきてショックを受ける。というか、【すし】って異界の食べ物だよな?

 くそっ。まさか、俺の使い魔まで婚約者の毒牙にかかっているとは。

「コロポックルも【異界渡りの魔女】が大好きだからのう。時折色々貰っておるみたいじゃ。人型だと警戒されるが、人形の様な愛くるしい姿で行くと、沢山食べ物を貰えるでのう」

 マジか。

 いつの間に交流を深めていたんだ。というか、兄の護衛に格好つけて俺の言葉を無視してるんじゃねーよ、コロポックル。

 使い魔契約してるから聞こえてるだろ?! 後で説教してやる。


「……まあ我もだが、麒麟も人型では警戒される。王弟よ。ちゃんと心に刻め。初めて人型で娘が心を許したのはお前だ。絶対泣かせるでないぞ?」

「分かってます」

 俺はもう絶対間違えない。

 世界中の誰もがアイツの敵にまわっても、俺だけは味方でいる。

「もしも隙を見せたら、麒麟は確実に嫁にしようと思っているからな」

「分かって――はあ?!」

「麒麟は雄と雌、二頭おるが、番ではない。それにそもそも霊獣と人間では子がなせんから、男も女も関係ないしな。二頭とも虎視眈々と狙っておる」

「関係ないしじゃない! 冗談じゃありません。アイツは俺の婚約者なんです」

 嫌な予感はしてたんだよ。【魔女集会で会いましょう】は断固拒否だ。動物が相手だろうと、全力で同担拒否だ。

「だから隙を見せるなと言っておろうが。我も可愛い娘の子が見たいからのう。そして沢山可愛がりたい。麒麟には悪いが、奴らに協力はできん」

 

 ……鳳凰、もしや婚約者のおばあちゃん枠に入る気か。

 なんとも豪勢なおばあちゃんだが、霊獣に対抗するには霊獣だ。ありがたく力を借りる事にする。何があろうと、絶対俺の婚約者はやらん。ただしその前にコロポックルとは一度しっかり話をしておくべきだろう。俺はそう心に決めた。

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