40話 王子達の国は火種だらけ

 俺は王宮にある長い廊下を歩き、王太子――つまり俺の兄の執務室を訪れた。時間は既に夜。本来ならば、執務室ではなく自室の方で休んでいるのが普通だと言うのに、案の定部屋から薄明かりが漏れていた。

 兄は自室をたずねるより、執務室をたずねる方が会える確率が高い。異界語で言う、ワーカーホリックだ。

「兄上、少々鳳凰をお借りしてもよろしいでしょうか? 代わりに兄上の護衛として俺の使い魔のコロポックル達を置いておきますので」

 部屋の扉を開けて兄上を見ると、相変わらず顔色が悪い。別に兄は虚弱という事はない。むしろ俺と同等かそれ以上に丈夫な体をしている。それでも消えない隈を作っているのは、働き過ぎなだけだ。【癒しの魔女】がいなかったら過労死していたかもしれない。いや、いるからこそ、余計に無茶をするのか?


「それはいいが。どうかしたのか?」

「婚約者の事で少々……」

 俺は鳳凰と話すために兄上に許可を貰いに行ったが、理由を言おうとしたところで、俺はハッと気が付き言葉を濁した。果たして兄上は自分が【異界渡りの魔女】にのぞき見されていることを知っているのだろうか。

 知っていて無害だから放置されているならいいが、もしも知らないとなると、中々に厄介な問題となる。俺の婚約者があまりに無欲……いや、食欲以外の欲がないために特に今の所火種になっていなかったが、彼女が何気なしに得ている情報はかなりとんでもないものが多い。

 あっ、でもこちらよりも発達した異界の物を色々取り寄せられる時点で大きな問題だったか……。ならば隠さなければと躍起になったところで無駄かもしれない。そもそも、【滅びの予言】の為に、彼女の存在はどの国も持て余しているのだ。

 世界ごと滅びると分かっていて一瞬の利益の為だけに利用しようと動く人間はそうそういない。

 

 ……そう考えると、国ですら持て余しているのに、俺は別としてあの失脚令嬢は何であんなに無鉄砲に婚約者に近づいているのだろう。最終的な利を考えれば、そりゃ婚約者と仲良くするに越した事はないと思う。

 しかしあの令嬢は恐ろしさを感じていないのだろうか? 婚約者に関わるという事は、俺の婚約者からもたらされる危険だけではない。婚約者と仲良くしているが為に周りからの危険も増えるはずだ。婚約者は誰も特別な相手を持っていないから、誰も利用できなかっただけで、いるならば――と思う者がいてもおかしくない。


 うーん。良く分からない。もう少し泳がせておいて、何かあったら吐かせる方がいいかもしれないが、なんだかんだ婚約者の扱いがうまいので、婚約者の方が絆されそうで少々心配だ。あの失脚令嬢が無害ならいいのだけれど、婚約者を騙そうとか思っていたとしたら、また彼女は傷つく事になる。


「どうかしたのか?」

「すみません。考え事をしていました」

「お前は大事な弟だ。無理はするなよ?」

「分かっています。むしろその言葉は、そっくりそのまま兄上にお返ししたいのですが?」

 今日も目の下の隈がヤバい。

 何年も前から兄はこの国の立て直しのためにかなり無茶な仕事をしている。祖父と父の代で徐々に傾いた財政を一人で少しでもまともに戻そうとしているのだから仕方がないかもしれない。それでもやつれた姿を見ると心配になる。


 長らく平和が続いたこの国は一部のものが豊かになり、格差が広がった。領地をまともに運営してないくせに税だけは持っていく領主、それに反発し反旗を翻そうとするもの達。暴動を煽る武器商人に、国内の力が弱まるのを虎視眈々と見つめる隣国。婚約者の両親が死んだのもこの辺りに起因する。

 そして兄上はこれらの問題を一つづつ王太子として片付けていた。

 本当なら兄上が王なった方が仕事も少しは楽になるだろうが、兄上は王太子のままだ。

「俺がいなくても、お前がいるから問題ない」

「嫌ですよ。俺は公爵になって婚約者と結婚して、のんびり田舎に引っ込むんですから。だから順当に兄上が王になって下さい。俺はちゃんと俺の能力を分かっていってるんです」

 

 兄は出生の事で悩んでいる。だから中々王にならない。

 兄の髪は黒いが、王の髪も母の髪も金色をしている。とはいえ、母方の祖母が黒髪なので、不貞と断定はできない。それに母も王族の血が入っているので、王族の血は汲んでいる。

 そもそも出生に問題がある王なんてこの国の歴史の中には何人もいるのを俺は知っている。だからそんなものどうでもいいから、さっさとなって欲しい。一番その役割に適しているのは兄上だから。しかしなったと同時に、出生を理由に兄上が失脚したら目も当てられないので、もう少し万全の状態でというのも分からなくはない。


「そもそも、王の使い魔である鳳凰が、すでに兄を選んだ時点で、それがどういう意味か分かってるでしょうが」

「それは……」

 ジッとこちらの動きを伺っている鳳凰を見て俺はため息をつく。……これ、婚約者も見てるのだろうか。それとも鳳凰は見せないようにしているのだろうか。

 婚約者の行動は読めない事が多いので、できれば彼女の気持ちが負に動くような情報は見せないで欲しい。エロとグロだけではなく、色々情報統制したいが……この考え方、多分アウトだよなーと俺なりにちょっと思う。


 俺はどうも婚約者の事になると過保護になりすぎている。失脚令嬢が嬉々として語っていた、婚約者を囲い込んで監禁するような事態にだけはならないようにしようと、俺は自分を諌める為に首を振った。

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