38話 飛べた魔女は動物好き
「なあ、どうやって鳳凰とか麒麟を餌付けするようになったんだ?」
「餌付けとは人聞きが悪い。私は来訪者に茶菓子を出しているだけです。客に茶と茶菓子を出すのは当たり前じゃないですが」
そもそも、そんな言い方ではまるでペットの様ではないか。
彼らは霊獣。使い魔という名の契約をしているけれど、異界で彼らは人間のように繁栄してる者達だ。契約はペット(主従契約)ではなく、雇用契約のようなものだと思っている。
「太らせるほど茶菓子を出し続けたって事だろ。そんなもの、餌付けだ餌付け。あと、あの失脚令嬢は確実に餌付けされてるぞ。義姉は……分からんが」
「とはいえお客様に茶菓子を出さないのは失礼かと」
不法侵入者は別として、彼女達と使い魔は客である。
「俺に出さないだろ」
「身内には出しません」
そもそも、出す前に取り上げるじゃないか。
私が食べ損ねた数々、絶対忘れない。彼らは私を待っていたのに。
「……ま、まあ。いい。それで、いつ、どうやって知り合ったんだ。いきなり菓子を強奪にくるような使い魔じゃないだろ」
「そうですね。あの子達のご主人は裕福ですからご飯に事欠くことはなさそうです。そもそも知り合ったのは、別の使い魔を通してです。暇な人達が、私に色々言って来てたんですけど、中には使い魔を使って襲わせようとする虐待主人も居ましてねぇ」
使い魔は人間より強い。だからと言って、彼らを戦いの道具として使っていいわけではない。使い魔は、人間と同等の知性のあるもの達だ。獣ではない。
「は? 大丈夫だったのかよ」
「大丈夫でなければここには居ません」
かつて私は孤児院を出た後、森の中のポツンと一軒家を買いそこに引きこもった。
私にとって外の世界は煩わしいだけだったから、引きこもったとしても不便な事は何もなかった。特にこの世界のものを必要としてなかった私の生活に必要なのは異界とのやり取りだけだ。家も土地も買い取っているので、大家がいるわけでもないし、集落からも外れた場所だったので、近所付き合いもない。
ただ、なにもしなくても生活できている私の事が気に食わない人はいる。冬に飢えるから助けてと言われて、仕方がなく食べ物を恵めば、他の人もやってきてアイツにだけ渡すのはおかしいだろうとなじられた。赤子がいてお乳が出ないと嘆かれたから粉ミルクを渡しせば、他の人間に私の赤子には何もくれず死んでしまったと、なじられる。そんなの知らない。
私は言われたから渡しただけで、言われてもいないのに渡して歩くような聖人ではない。
しかしそんな鬱憤から、私の家には良く石が投げ込まれ、落書きをされた。普段顔を合わせないからどんな噂をしているのか知らないが、どうやら悪い事が起これば私の所為にされてたらしい。流石に泥棒と言われた時は、この家から出ないのにどう泥棒をするのかと逆に尋ねて、役人を追い払った。
そしてそんな中、私を勝手に恨む誰かが、私に使い魔を差し向けたのだ。人付き合いも魔女付き合いもないのだから、絶対アレは逆恨みだったと思う。
「私は【異界渡りの魔女】ですので、襲いかかって来た使い魔をそのまま彼の世界に移動させたんです。他の世界に生き物を移動させることはできませんが、元の世界に移動させることは可能なので」
魔女や魔法使いの能力にはそれぞれ誓約があり、できることとできない事がある。そして私のできない事は、生き物を違う世界に移動させることだ。私が移動させられるのは【もの】のみである。
ただし違う世界ではなく本来の世界なら、なんの問題もなく移動可能だ。
「だけど使い魔としては問題なんですよね。契約途中なのに強制的に元の世界に戻らされると、なんでも首輪をつけた状態で動けないのに見えないリードを異界からギリギリと引っ張られるような苦しみがあるとか」
雇用契約みたいなものと言っても、やはりこの使い魔との契約は、少々問題がある気がする。
「うわぁ……。その使い魔は大丈夫なのか?」
「大丈夫だったみたいです。向こうで保護され、魔女に虐待されていた部分から全て洗いざらい親族に話して助けを求めたそうです。霊獣の中には人間の言葉を話せない子もいるので、助けが遅れる事はままあるんですよね」
こればかりは霊獣の種族によって違うので、仕方がない話だ。とはいえ、悪いのは虐待している方だと思うので、やっぱり悪いのは魔女となる。迂闊にそんな相手と契約をしたのがいけないと霊獣界では言われるそうだが、私からしたら、被害者なのに責められるのは何か違う気がする。
「で、問題の魔女と契約を切る為に鳳凰と麒麟の所に話が行ったみたいです。彼が異界で住んでいる場所は麒麟さんの管轄だそうで、でもこちらの世界で住んでいる場所は鳳凰さんが近かったらしいんですよね。その結果、二匹が豚小屋に尋ねてきまして、交流が始まった感じですかね」
初めて来た時はびっくりした。大きな鳥と馬みたいなのが、空を飛んでやって来たのだから。
幸いだったのはどちらも人間の言葉を話す事ができたところだ。ついでに小さくなったり、人の姿になれるそうで、これ以上周りに騒がれたくなかった私は人の姿で尋ねてきてもらい、家の中では小さい姿になってもらっていた。
「ただ、まさか小さい姿だと活動量が減って、少量のお菓子で満腹になる代わり、太りやすいとは思ってもみなくて」
小さい姿は可愛いからついつい甘やかしてしまった。ぬいぐるみのような外見で見上げられたら、おかわりを出してしまうのは仕方がないと思う。あのつぶらな瞳は悪い魔女でも勝てない。
「俺は麒麟が住む国に留学していたが、あの頃突然麒麟が太ったと凄い騒ぎになっていたぞ。病気じゃないかと疑われてな。霊獣の病気はこちらの世界では治せないからな」
「……使い魔さえも堕落させる、悪い魔女ですので。キリッ」
「きりっじゃねぇよ。下手すると、それも虐待案件だからな」
「分かってますよー。だから、涙を飲んで、大きい姿で食べてもらうようにしたんじゃない」
小さい姿、すごく可愛かったのに。
本当に、本当に、小鳥とか仔馬とか、可愛すぎだ。ついでに子猫も子犬もみんな可愛い。ついつい甘やかして色んなものを与えたくなってしまう。
「思ったんだけど人の姿は駄目だったのか?」
「えっ。可愛くないのはちょっと……」
美形も美女も好きだけど、それは遠く離れた場所で見るのが一番だ。近くで可愛がりたいのはちょっと違う。豚にだって選ぶ権利がある。
「可愛いは正義なんですよ」
可愛い使い魔はプライスレス。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます