35話 飛べた魔女はただの取引中
カリカリカリ。
中庭に面したドアから音がして、私は本を読むのをやめ、音がする方へと向かった。
この音は可愛い侵入者からの合図だ。
「いらっしゃい。そろそろだと思って、猫缶よういしておきましたよ」
「にゃん」
扉の向こうには、可愛らしいシロネコがいた。白い毛並みだが顔に黒い線が入った彼は私のお友達だ。かれこれ、十年近い付き合いである。
「にゃん」
「先に仕事をしてからですか。偉いですね」
言葉は人間のものではないけれど、長い付き合いなので何となくわかる。
私は先に彼の首輪につけられた手紙を受けとる。そこには、株価の変動、今後先に買っておいた方がいいもの等、色々書かれている。要は、未来を知った上での財テクだ。
ちなみに、手紙の相手――【予言の魔女】の助言でお金は円だけでなく、ドルやユーロにもしてあるし、金とかそういうのにもしている。未来を予言しても時折、未来が直前で変わることがあるからだ。
「冬物のカタログ取り寄せたので、帰りにお願いできますか?」
「にゃん!」
任せろという、大きな鳴き声が頼もしい。
私は猫缶を取り出すとお皿に入れてあげる。すると彼は顔を突っ込みばくばく食べ始めた。
彼は使い魔で、普通の猫とはちょっと違うので、実は人間のものを食べても平気だ。玉ねぎもチョコもいける。でもこの猫缶がうちでしか食べられない上にお口にあったようで、よくねだられる。
「おかわりするなら、姿を変えて下さいね」
「なう?!」
「あまりその姿で食べさせると貴方のご主人様からクレームが来るんです」
一時期可愛さのあまり、猫缶だけでなく、刺身などもどんどんあげたら、デブ猫になってしまったのだ。体格が小さい時は、活動量も減るらしい。
私も彼が成人病になっても悲しいし、変化後の姿が豚のようでは各方面からのクレームがくる。
「にゃん」
ポンと音がしたと思うと猫がホワイトタイガーになっていた。彼は霊獣と呼ばれる異界の生き物で、こちらが彼の本来の姿だ。しかしこの姿だと隠密な動きに適さない上に猫缶が小さくて堪能できなくなるらしい。豚の家の中で隠密する必要はないのでたぶん後者の意見が大きいと思う。
分からなくもないけれど、ブタイガーでは困るのだ。豚と友達だからと言って、豚になる必要性はない。
「お代わりですね。あ、お土産もつけますね。ご主人様に渡して適時もらって下さい」
美味しいものを前にすると自制心が減る。これは豚も霊獣も同じだ。気持ちは分かる。
こういう時私は使い魔を持てないなと思う。私だけでは、きっとどんな使い魔も豚にしてしまう。かつて契約はしなかったものの、少しの間一緒に暮らした霊獣がどちらも飛べない鳳凰や飛べない麒麟化した時は、かなり反省した。彼らがダイエット頑張ってくれて良かった。優美な姿が豚になるのは、申し訳ない気分になる。
「私は霊獣さえも堕落させる悪い魔女ですね……だから独りでいるのがいいんですよね」
「なう。なう。なぁぁぁ」
「大丈夫ですよ。最近はにぎやかなんで」
ひっきりなしに豚の家に人がくる。むしろもう少し一人の時間が欲しいぐらいだ。これでは隠れておやつを食べる暇もない。
「心配してくれてありがとうございます」
私の存在そのものが、周りを堕落させ、不幸にする。かつて多くの人にそう指差された。
私はその言葉を忘れてはいけない。私の力は人を不幸にする。それを言った人が訂正しに来たとしても、あの時の言葉は正しいと私は思っている。私の両親は私の罪で死んだのだ。そうでなければ 、彼らが罪人として死ぬ理由がない。
彼らにもしも罪があったとするならば、私を殺さなかった事だ。私という存在を消してしまえば、きっと誰もが幸せだった。
「私は大丈夫です」
私は悪い魔女だ。だから親友は離れてしまった。でもそのお陰で【予言の魔女】が不幸にならなくて良かった。もうお金なんて沢山稼げるだろうに、こうやっていまだ面倒を見てくれる彼女は、きっと聖人に違いない。
「私は悪い魔女だから……」
悪い魔女はいずれ倒される。そうでなければいけない。
「私も一緒におやつにしますね。何にしましょうか」
それまでは、一日一日を美味しく生きよう。
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