32話 飛べた魔女はただの恋愛相談受付係2
「たのもーう!!」
今日もいい日だ、飯が旨い。
中庭で芋を焼いていると、威勢のいい女性の声が玄関から聞こえた。
……また、騒音で食事を邪魔されるのは嫌だしなぁ。仕方がない。私は重い腰を上げて、玄関へと向かう。
「……こちら銀座の子豚デス。恋愛相談ですか? 応援してます。では、頑張って下さい」
「待ちなさいよ。ちゃんと今日は凶器を持っていない事を異界渡りの魔女専門警備兵に確認してもらってここまで来たわ。平和に話合いをしましょう?」
異界渡りの魔女専門警備兵……。むしろ私はこの人達と膝を突き合わせて話合い、転職を進めるべきだろうかと思ってしまうぐらいアレな単語だ。
まあこの件は置いておくとしよう。豚がブーブー言っても取り合ってもらえる気がしない。
それより平和に話合いをする人が、玄関のドアに足を差し込んで閉まるのをガードするだろうか。口ではなく物理で既に攻め込んできている。それにしても足癖悪いけど、本当に貴族のお嬢様なんだよね? 外にはお嬢様を守るための使用人らしき人が、ペコペコ頭を下げているので、やっぱりお嬢様なんだろうけど。……いや、豚に頭なんて下げなくていいので、連れて帰ってくれませんかね。そうですか。無理ですか。
「中庭でいいなら、どうぞ。今、手が離せないんです」
「あら? 貴方、働いていないんでしょう?」
人が職業自宅警備員である事をあまり指摘しないで欲しい。引きこもり豚だって、それなりに傷ついたリするのだ。
「働いていなくても、忙しいこともあるのです」
私しか住んでいないのだから、家事は私がしているわけだし。
「何を苛立っているの? 私も働いていないわよ?」
お嬢様が働いていないのと、お外出たくないでござるの働きたくないを一緒くたにしないでいただきたい。しかし反論が面倒なので、私はスルーする事にして、中庭へ向かう。所詮豚とお嬢様が分かり合える日は来ないのだ。
それに火の元確認を怠って、芋を焼くつもりが家を焼く事になったら洒落にならない。
「何をしているの?」
「焼き芋です」
「焼き芋?」
「こちらに焼けた物があります。良ければ銀紙をむいて、食べて下さい」
本日のご飯は、焼き芋だ。異界から、紅あずまや金時、安納芋、紅はるかなど、色々な種類を買ってみた。異界のさつま芋は色々な種類があり、それぞれねっとりしたり、ほくほくしたりと食感が違うので楽しい。
流石にお嬢様は食べないかと思ったが、予想外にもお嬢様は銀紙をむき始めた。
「皮は食べてもいいの?」
「いえ、むいた方が美味しいと思います。綺麗には洗ってありますが」
「そう。……あら、凄いねっとりとして甘いわ。何もしてないのに、お菓子のようね。異界の芋なの?」
どうやらお嬢様が手に取ったのは安納芋だったようだ。確かにあの芋は、砂糖も使っていないのに半端なく甘くて美味しい。
「そうです。お嬢様でも、こういうものを食べられるんですね」
別に食べてくれていいというか、かなり量ができるので食べて欲しいぐらいなので、いいのだけど。この間玄関先で泣いていたわりに、凄いメンタルだ。
「だってお父様の不正がバレて、財産半分国に持ってかれたから、ぶっちゃけ今、貧乏なのよ。だったら美味しいものを食べられるのに、断る理由はないじゃない?」
「確かに、美味しいは正義です」
「そうそう。それに、農村に視察とかも行ったりするから、そういう時に素朴な料理を食べたりもするのよ? こういう焼いただけのものも嫌いじゃないわ」
お嬢様とは思った以上に逞しいらしい。いや、この少女が逞しいだけだろうか?
分からないが、出されたものは食べる心意気はヨシ。食べ物を粗末にしない事に関してはとても好感が持てる。
「それで、また第二王子との仲を取り持てという話ですか? 前に言ったように、私は応援しますから、好きにして下さい」
「でも私は長生きしたいから、世界が滅んでも困るのよ。だから、貴方が王子に恋したまま、私が第二王子と結婚というのはどう? ほら、人魚姫のお姫様だって、王子の幸せ願って身を引いたあげく死んでるじゃない?」
「えっ? 私、死んでもいいんですか?」
お許しを貰えるなら……まあ、そういう人生もありかもしれない。自分から死ぬのはできないけれど、他人にそう言われたなら――。
「駄目に決まってるでしょ。勝手に世界と無理心中しないでちょうだい! そうじゃなくて、王子の事を思って、王子の為に生きるってのもありじゃないかしら?」
……うーん。凄くどや顔で言ってこられたが、何故これで納得すると思った。……私はツッコミなれしてないので、王子というツッコミ要員が欲しい。王子は、結構律儀に細かい事にまでツッコミ入れてくれるからなぁ。
「いや、普通に考えて、ないですね。私のコンセプト、人魚姫というよりも、悪い魔女なんで」
「まあ、そうよね。私もとりあえず言うだけならタダだから言ってみたけど、女が男に尽くすのが当たり前とか、考え方が古いわよねぇ。ねえ、もう一つ芋貰えるかしら?」
「はいどうぞ」
小ぶりだったため、ペロッと一つ食べてしまったらしい。すかさず次を求められ、私は手渡した。
私は悪い魔女だけど、食べ物を求められたら渡す魔女だ。
「なら、第二王子は諦めるしかないわね。冷めきった夫婦関係になると分かっていて、世界を壊すような略奪愛するのは、わりにあわないわ」
「えっ。略奪愛頑張らないんですか? なら、何で王子と結婚しようとしたんですか?!」
「そんなの、条件がいいからに決まってるじゃない。次期王と繋がりが深くて、顔の造作もいい、優良物件だもの。政治的な面を見ても結婚相手としては上玉よ。でもねー。お父様失脚して、左遷されたし、たぶん今更その手札が手に入っても、使いこなせないだろうし」
意外にぶっちゃけてくれるお嬢様だ。むしろ、恋心ゼロな反応が、これぞ令嬢の鏡な気さえしてくる。いや、冷静に考えれば、貴族が他人にこんなぶっちゃけ話するのはなしだろうけど。相手が豚だからいいのか?
「じゃあ、逆に私の為に世界を滅ぼさない選択はどう? 公爵令嬢の親友って素敵よ? 私も異界渡りの魔女の加護もちなら、色々結婚に有利になるし」
「ええー。それ、私、なんのメリットもないですよね? 私は誰にも媚びを売らない野豚です。そして私のコンセプト、一応悪い魔女なんで、公爵令嬢の親友という勝手なプロデゥースは止めて下さい」
私の属性を勝手に変えてもらっては困る。
「第二王子と結婚したら、貴族社会に生きる事になるのよ? 令嬢同士の横のつながりって大切よ?」
「いや。まだ私はこの婚約、認めてないので」
彼女の中ではどうやら、勝手になんか結婚する事になってるようだけど、私は結婚する気はない。というか、王子と豚の結婚とか、誰得よ。ないない。
「うーん。まあ親友って言われてなるものでもないものね」
意外に普通に引き下がった。いや、それが普通の反応なんだけれど、この公爵令嬢、色々鋼の心臓過ぎる。この間泣いたわりに立ち直りが早い上に図々しいので、こんなにあっさり引き下がるとちょっと警戒してしまう。
「わかったわ。茶飲み友達として、これから通うわね。そのうち、ほだされてね」
やっぱり、鋼の心臓の持ち主だった。通う人が増えたら、後で王子に怒られそうでやだなぁ。
「いや、帰って下さい。銀座の子豚は閉店しました」
「その【ぎんざの子豚】ってどういう意味? そもそも【ぎんざ】ってどういう意味? 山?」
……そっか。異界の占い師ネタは通じないか。そして銀座では多分山は売ってないだろうなぁ。
そんなことを思いながら、何だか面倒な事になった気がして、私は手に持っていた焼き芋を食べた。うん。今日も美味しいので、たぶん何とかなるか。
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