31話 飛べた魔女はただの恋愛受付係

 今日もいい日だ飯がうま――。

 ガッチャン!! ドンッ!! ギャァァァァ!! ヤメナサイヨ!!


「……うるさい」

 折角美味しく、異界からお取り寄せしたパンを食べようとしているのに、外がうるさすぎてパンに集中できない。

 色んな種類を食べ比べしている最中だというのに。

 いつもならあまり気にしないのだが、今日は特に騒がしい気がして、私は玄関の扉を開けに行く。

 きっと豚小屋警備の人が、中々ない客を前にわくわくがとまらなくなって、仕事を張り切ってしまっているに違いない。

 まったく。自宅警備隊は私一人で十分だというのに。


「何か、豚小屋に御用ですか?」

 引きこもりにまで気を使わせる騒音をたてないで欲しいものだ。近隣の騒音問題は、異界では死を招くほどの重大事件に発展する大問題。騒音の所為で豚が余計に病んだらどうするつもりなのか。

 

 扉を開けた先には、いかにもお嬢様といった金髪の少女と、その従者らしき女性が、大勢の人に取り押さえられていた。全員私服だけれど、間違いなく第二王子がこの間操っていた、戦闘のプロの人達だろう。やっぱり張り切って仕事しちゃってる為の騒音か。

「豚はご飯を邪魔されるのが嫌いです。やるなら別の所で喧嘩をお願いします」

 言うだけ言うと、私はドアを閉めた。

 まったく。ご飯時ぐらいゆっくりさせてほしい。


「アンタなんかより、私の方が第二王子に相応しいわ! 王子を解放しなさ――」

 ガチャガチャ。

 私は外から聞こえてきた言葉に胸を高鳴らせ、扉をもう一度開けた。

 OKいいでしょう。ついに世界が亡ぶ瞬間が来たんですね。嵐を前にした子供のように、わくわくする。

「とうとう来たんですね。破滅の時が」

「は?」

 まさかの異界の小説のような展開に私は興奮した。これよ。この修羅場。愛憎乱れる、物語のクライマックス。断罪!


「つまり貴方は真実の愛を貫きたいのですね」

「えっ。あ……そ、そうよ。公爵令嬢であり、魔女である私こそ王子に相応しいわ」

「そうですよね。王子が豚と婚約なんて間違っていたんです。そもそも種が違いますし」

 うんうん。この女性は分かっている。

 私には過ぎた縁だったのだ。今こそ、全てを正す時。


「分かってるなら、そう王子に伝えなさいよ」

「えっ。そこは自分で伝えてください。私は何もかも受け身な主人公より、たくましく愛を貫くタイプが好きです」

 気持ちは自分で伝えるべきだ。人を使って伝える系は、脇役がフラれるフラグである。ダメダメ。そんな、折角の破滅フラグ、折っては勿体ない。

「王子は優しいから豚を見捨てられないんでしょ?!」

「いや。だから、そこを愛と力業で何とかするのが主人公なんですって。どんな物語も、ヒーローの心の扉を開かせるのは主人公の務めです」

  豚と世界と真実の愛を天秤にかけ真実の愛を選ばせる。それが主人公の役目。


「愛を選び世界の終わりを迎える。いいじゃないですか。異界のブームだけでなく、この国の舞台の流行りにものってますよ。メリバエンド。素敵ですよね」

 個人的には好きではない演目だけど、実際体験するとなると、それはまた別の興奮を産む。一体いつ、世界は滅ぶんだろう。となれば、しっかり食べたいものを食べなければ。

 ひとまずパンの食べ比べをしてからだ。

「は? メリバ? なにそれ……。というか世界の終わり?」

「何言ってるんですか。世界が滅ぼうと真実の愛を貫く。何でもかんでも国のため、長生きするために生きるなんて勿体ない。短い人生を華々しく生きて散る。それも一つの人生だと思います」

 病気になったから味のない食事で生きるより、好きなものを食べて短い命を終わらせる。それも一つの選択だと思うのだ。何でもかんでも、長生きすればいいってものじゃない。延命が幸せとは限らない。

 そう。幸せなら、滅んでよし!


「えっ。でも、えっ?」

「是非とも王子の目を覚まさせて、真実の愛を貫き、世界を破滅エンドに向かわせてください。私は、美味しいものをムシャムシャしながら、その最期の光景を目に焼き付けーー」

「させるか?! 目を覚ますのはお前だ。さっさと俺と真実の愛を深めろ」

 ちっ。意外に早かったな。

 颯爽と現れた王子に私はため息をつく。


「ここは婚約破棄一択でしょ。世界と心中したいほど愛されてるんですよ。ねえ? それに二人で心中じゃなくて、皆でなんですから、怖くない」

「ひっ」

 なぜか公爵令嬢に怯えられた。別に私は直接殺したりしないよ?  ただ、何もしないだけだ。誰が死のうと何もしない。

 私はその運命を受け入れる。

「追加でお前の父にはクレームをいれておくからな。折角、婚約者が最近破棄破棄言わなくなってきたのに。なんてことするんだ」

「可哀想ですよ。真実の愛を貫くために自分の命を捨て、大勢の命を奪う罪も背負うがんばり屋なんですよ。もっと優しくしてあげてくださいよ」

 そんな怖い顔したら、百年の恋が冷めてしまうかもしれないじゃないですか。

 折角の破滅フラグですよ?

 中々現れないから、レアものですよ。


 しかし折角褒めたのに、少女は青い顔をして泣き出してしまった。ついでに従者も。もう。王子が優しくしないから。

「いつでも、王子への恋愛相談(破滅フラグ)は待ってますよ?」

 今日もいい日だ。食べられるうちに、朝ごはんとしよう。破滅はいつくるかわからないのだ。

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