30話 元親友はただの予言者

「で、その話を聞かせておいて、何でマシュマロを持ってこないのよ。はぁ。これだから気が利かない男は」

「お前に利かせる気なんてあるか! ただ、自慢しに来たんだよ、バーカ」

 【予言の魔女】の所へ来た俺は、悪態をつく。と言うか、折角来てやったのに、先に喧嘩売ってきたのはあっちだよな? 俺は悪くない。


 現在【予言の魔女】は王宮の一角にある神殿に今は身を寄せていた。そこで彼女は訪れた人に予言を渡す仕事をし、王国や世界規模の危機が訪れる際は、王へと進言する命が下っている。

 その仕事をこなす代わり、彼女は彼女とその親族の身の安全と生活を約束されていた。それだけ【予言】という未来を知れる能力は誰もが欲する能力なのだ。


「バーカって、何処のクソガキよ。王子の遣う言葉じゃないでしょうが。本当に、最低ね。でもまあ、異界渡りの魔女とかなり仲良くなれたようで良かったわ。おめでとう」

 そういう【予言の魔女】は心底ほっとしたような顔をしていた。

 とはいえ、仲良くなったと言っても、まだ結婚は当分無理だろう。婚約者の心の傷は根深い。今の俺は親友ぐらいの立ち位置だろうか。

 ……しかしそれは、元はコイツも居た立場だ。

「お前は、いいのかよ」

「無理でしょ。私では彼女を異界に飛ばせないと予言がでたんだもの。きっとビジネスライクでしか関われないわ」

 予言は絶対に近い。【予言の魔女】はそれを覆す為の予言も読む事ができる。だから、その予言を試した上でどうにもならない事へのあきらめは早い。

 それが本心かどうかは別だが。

 婚約者ほどではないが、彼女もまた、諦めを知りすぎている。


「私は彼女を裏切った。それだけよ」

「お前にも事情があったんだろ」

「そんな事、今更だわ。そもそも、事情のない裏切りなんて存在しないのよ? サイコパスじゃあるまいし」

 【予言の魔女】はそう言って肩をすくめた。


 【予言の魔女】は【異界渡りの魔女】の元を離れた時、まだその二つ名で呼ばれてはいなかった。そう。この女はずっと自分の魔女の能力が知られたらどうなるか分かっていて、隠していたのだ。唯一知っていたのが、【異界渡りの魔女】で、その後俺も知る事になる。

 彼女の未来が見える能力はあまりに大きなものだ。彼女の能力を悪用したいと思うものは多い。実際【異界渡りの魔女】が異界の大金を手にできたのは、彼女の能力が大きい。

 【予言の魔女】は【異界渡りの魔女】ほどではないが貧乏な家の子供だったので、食い扶持を減らすためと、家族を能力による厄介事から守る為に一人孤児院に身を寄ていた。そして魔女である事を隠しながら【異界渡りの魔女】とお金を稼いでは、こっそりと仕送りしていたのだ。

 

 しかしそうも言ってられない事態になった。俺が外国に行った後、【予言の魔女】は家族が住む町に起こる災害を予知してしまったのだ。もしもこの時、俺がいたならまた別の解決方法もあっただろう。しかし俺はおらず、この災害を家族だけが逃れたとしても、治安が悪くなり病が蔓延すると分かった彼女は、国の役人に自分の能力を伝えた。

 結果、災害は起きたが、住民の避難は滞りなく行われ、最低限の犠牲のみですんだ。

 代わりに彼女は、保護と言う名の軟禁生活を余儀なくされた。【予言の魔女】の能力は諸刃の剣だ。王家に歯向かうものの手に落ちれば、王家が危うくなる。だから彼女は彼女の家族の安全を保障させる代わりに、彼女は王家に忠誠を誓ったのだ。


「あの子の願いは、ただ見捨てないで一緒に居てというささやかなものだったの。それすら守れなかったのよ? いまさら、親友に戻れるはずないじゃない。あの時あの子が頼れていたのは私しかいないと分かっていたのに。いなくなったら、どうなるかだって予言できたのよ? 私は知っていて、家族を選んだの」

 実際彼女は二択を迫られて、家族をとった。でもその方法は自分すら犠牲にするもの。選択後の姿を見ていると、この女が悪かったとは俺は思えない。でも【予言の魔女】はずっと後悔し続けていた。


 ただなぁ。俺は本当に婚約者が、この女を恨んでいるのかどうか、微妙に怪しいと思っている。確かに予言では、この女は【異界渡りの魔女】を飛ばせないと出たのかもしれない。

 でも親友になれないと予言されたわけではないのだ。


「色々自虐するのは構わないけどな。ただ、一つ言っておくが、俺でもアイツを痩せさせるのは骨が折れる作業だったぞ?」

 俺は数々の困難を思い返す。【異界渡りの魔女】の心の傷の回復もそうだが、ダイエットで大変なのはそこではない。

「は?」

「アイツのダイエットに、どれだけ苦労したか。菓子は止められないし、運動は嫌いだし、根性はないし。本当に、どれだけ心を鬼にしたか」

 何度も隠れてお菓子を食べるわ、少し運動しただけで音を上げるわ、ほんとうに骨が折れた。【癒しの魔女】に癒されたなら体力も回復しただろうに、すぐ休もうとするのだ。根性がないにもほどがある。

 正直婚約者の褒められるところは、好き嫌いがないところだけだ。野菜ばかりの料理でも、全く文句を言わなかった。

「つまりな。お前がたとえ親友だとしても、痩せさせるのは、本当に、本当に、大変だという事だ。あれは、愛だけでどうにかなる問題じゃない」

 奇跡のダイエットに必要なのは、愛ではなく、どれだけ摂取エネルギーと消費エネルギーのバランスをとれるかという工夫だ。

 可愛い、可愛いが先行すれば、絶対痩せさせるのは無理だ。その甘さがデブの素となる。心を鬼にしなければ、ダイエットコーチは務まらない。


「余裕ができたら、線香花火で対決するぞ。俺がわざわざ宣言しに来たんだから、尻尾を巻いて逃げるなよ。で、今度こそ【異界渡りの魔女】に願い事をさせるぞ」

 俺は不細工な顔をする【予言の魔女】にそう宣言した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る