29話 飛べた魔女はただの自炊中
「あああああっ!! 何で一人で食べてるんだ!!」
中庭で朝から『燃えよ燃えよメラメラと~』と黒魔術のような雰囲気を醸し出してごそごそしていると、気配に気がついた王子が外に出て来て叫んだ。日頃一人暮らしをしているので突然叫ばれるとびっくりする。
それにしても、何故一瞬で真実を見抜いたのか。さっきまで、ぐっすりベッドでいい夢を見ていたはずなのに。
でもまだ、何とか誤魔化せるはず。
「おはようございます。ご飯が美味しい、いい朝ですね」
「ああ、おはようって、違う。俺の質問に答えろ」
ちっ。誤魔化されなかったか。
「なぜ、食べていると? 私が邪教の黒魔術で呪ってるとは思わないんですか?」
「そんな気概、お前にはないだろ。お前がもしも朝から頑張るとしたら、飯の事だ。わざわざ呪うために火おこしなど、するはずがない!」
なんという世界の真理?! 流石だわ。
まあ、わざわざ呪わなくても、私がブヒブヒ豚になれば仲良く滅亡できるそうだから、そんな面倒な事する必要ないというのもあるけど。呪う暇あるなら、異界で美味しいものを探す。異界のお菓子は期間限定商品が目まぐるしく出るのだ。
でもこの王子、私の事を食いしん坊キャラだと思ってないだろうか。私のキャラは悪い魔女だ。そこだけは、異議ありだ。
「無駄な抵抗はやめろ。何を食べたんだ。吐け」
「そんな勿体ない事しません! 私は一口たりとも吐いたりしません。全て私の血となり肉となるのです!」
食べ物を粗末にするなど万死に値する。
出されたものは全て食べる。そして食べたならリバースはしない。悪い魔女だって、それぐらいの正義の心は持っている。
「違うわ!! なんで物理なんだよ。普通に何を食べたか話せって言ってるんだよ。ん? なんか 甘い匂いがするな……」
「ちょ。わ、わかりました。分かりましたから、私の匂いを嗅ぐのはやめて下さい」
昨日は外で寝たのだ。寝汗で豚臭がしたら死にそうだ。だから、そういう事をしないで欲しい。
見た目はまんま王子様なのに、やる事が野生的過ぎる。流石はゴリラ。
「食べたのは、これです」
「なんだこの白いのは」
「マシュマロです。まあ、食べた方が分かりやすいと思うので、おひとつどうぞ」
「加熱しなくていいのか?」
私が火を使っていたので気になるらしい。訝し気に白いそれを見つめる。
「焼いたら焼いたで美味しいですが、そのままでも普通に面白い食感で美味しいと思います」
私は炭火の上に串に刺したもの置く。マシュマロは焼くと外はパリ中はトロでおいしいのだ。
「甘くて結構弾力があるな」
「そうなんです。焼くとまた違った食感で、ビスケットにはさんでよし、ココアの上にのせてよし。アイスとも合いますかねぇ」
想像すると口のなかによだれの湖ができる。
ああ。素晴らしい共演者。まさに名わき役。主役をもっと輝かせるお菓子だ。
「没収だ。残りは出せ」
「酷いです! 横暴です! 何がいけないというのですか?! ちなみに、マシュマロは脂質が低く、1個辺りのカロリーもたいしたものではありません」
絶対言われると思って調べたのだ。すると、なんということでしょう。マシュマロダイエットなるものが異界にはあったのだ。ビバ・マシュマロ様。きっとこれは神の食べ物に違いない。
「ふざけるな。プラスアルファした時点で意味はないし、食べ過ぎれば、太る。そして、糖質が高いんだよ」
……凄い。一瞬でこのダイエットの弱点を見破っている。
でも折角火をおこしたのだ。こんな日ぐらい食べたい。炭とか面倒なのを我慢したんだもの。
な、何か。何か、一発逆転のチャンスはないだろうか。もう少しだけでいいの。せめてビスケットで挟みたい。
マシュマロだって独りは嫌なはず。サンドイッチされたいにちがいない。ココアの愛に包まれたいはずーーうーん。このネタで攻めるのは無理だわ。鼻で笑われて強奪されるに違いない。
「さあ、出せ」
王子の目は本気だ。本気の狩人だ。
「ま、まずは食べてみて下さい」
「は?」
「是非王子にも味わって頂きたい、料理なんです。腕によりをかけて作りますから、これを朝ごはんにして、一緒に食べましょう!」
無い知恵を絞った私は、巻き込む作戦に打って出た。とにかく食べれば、マシュマロの素晴らしさがわかるはず。毎日食べるわけではないのだ。
「……手料理ということか」
「一応。簡単ですが、心を込めますから」
だから、食べさせて!
その後、あっさり王子からOKが出た。なんだ。王子も食べたいなら、最初から言ってくれればいいのに。私はお菓子をあげる事だけは誰に対しても、一度だって渋ったことはない。いつも遠慮なんてしない癖に水くさいなぁ。やっぱり、私の事を食いしん坊キャラだと思っているのだろうか。
まあ、いいけど。今日もいい日だ、飯が旨い。
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