27話 飛ばした王子はただの紳士?

「ああああああっ!! 何故落ちる!!」

「忍耐力の差では?」

「その言葉、お前こそ言われる言葉だろ」

 

 外が薄暗くなったので、中庭で婚約者と線香花火対決をしたが、相変わらず俺の方が先に火が落ちた。

 普段の婚約者なら、忍耐力? 何それおいしいの? とむしゃむしゃ菓子と一緒に食べているくせに、こういう時だけは石のように動かない。

 昔からそうだ。俺とは違い、彼女はジッとしていることが得意だ。


「まあ、それは確かに否定できないですね。ほら、線香花火は終わってしまったので、他の花火をやりましょう?」

 彼女が異界から取りよせた花火は、線香花火は数本しか入っていない。その代わり、それ以外の花火が大量に入っていた。どうやら線香花火というのは、異界で爆発的な人気がある花火というわけではないらしい。

 確かに他の花火の方が派手だしな。


「線香花火対決がしたいかもしれませんが、どうせ来年までとっておいても、しけって使えなくなるから勿体ないですよ?」

 来年までとっておいても使えないという言葉に、俺は苦い気持ちになる。

 俺はその【しけって使えない】状態をしらない。片付け方が悪かっただけとか、別の理由もあったのかもしれないけれど、俺はその事には何も言えない。それはきっと、俺と【予言の魔女】が立て続けに居なくなり、一人残された彼女の経験に基づく言葉だからだ。

 火がつく事のない花火を一人でする彼女は、その時どんな気持ちだったのだろう。


「仕方がない。やっぱり来年は、俺からリベンジを申し込む。そもそも来年の夏はもっと早くからやるぞ。今度こそ、勝つまでやるからな」

「……分かりました」

 多少の間が入ったが、婚約者は頷いた。たぶん、彼女は来年の話など信じてはいない。そう思うと、今日の所は俺が負けて良かったのかもしれない。俺が来年も再来年も、それよりずっと先も、約束を守り続ければいいのだから。そうすれば、そのうち彼女も安心して未来を信じられるようになるだろう。

 まあ、次こそ、線香花火は絶対勝つが。


「うわああああっ。何だコレ、色が変わったぞ?! うわ。また変わった?!」

 貰った花火に火をつければシュボボボボとすごい音を鳴らしてカラフルな火が噴き出した。これは前は見たことがないタイプだ。異界はどんどん玩具も進歩していってるらしい。

「七色に変わるそうですよ。私の方は、金色だっ――げほげほっ。め、目がっ!!」

 俺が色の変わる花火に感動していると、婚約者は風にのって自分の方へきた煙でむせていた。

 それを俺が指さして笑えば、婚約者は仕返しとばかりに花火を俺の方へ向けてくる。うぉい。危ないな。


「逃げないで下さいよ!!」

「逃げるに決まってるだろ、馬鹿」

「その金髪、ちりちりに焦がしてやる」

「花火は人に向けたらいけないんだろ?!」

「私は悪い魔女なのよ。おーほほほほ」

 ケラケラ笑いながら俺らは中庭で追いかけっこをする。

 ああ、そう言えば、昔もこんな感じで遊んだなとチラリと思う。もう大人だと思ったけれど、俺達は思ったほど大人ではないのかもしれない。


「でも、綺麗だな」

「そうですね。異界の花火は、こちらより、色のバラエティに富んでいますよね」

 俺が感想を言うと、彼女も同意する。

 実際花火は綺麗だけれど、俺が綺麗だといったのは婚約者だ。花火で照らされ、心の底から笑う彼女は、誰よりも綺麗だと思う。子供の時とはまた違う。でも彼女はその言葉を頑なに受けいれないだろうから、特に訂正はしない。


「もうこれで全部だな」

「二人だけだったから、やりきった感がありますね」

 バケツの中には大量の花火の残骸があった。それをゴミ袋の中に捨てながら、さてこの後の話をどう切り出そうかと考える。だが、言うなら今だ。

「もう、かなり夜も遅いから、家に泊めてくれないか?」

「えっ」

 そう。前々から考えていたお泊り会だ。ちなみに、兄には事前に承諾はとった。もちろん彼女が嫌がる事をするつもりはないし、大人の階段をのぼる的な事も一切しない。

 ただ純粋に、もっと彼女と一緒に居て、朝起きておはようと言いたいだけだ。神に誓ってやましい事は何もしない。

 それでもうら若き女性の家に泊まるとなると、色々彼女も心の準備が必要だろう。


「まあ、仕方ないですね。いいですよ」

「神に誓って何も――えっ? いいのか?」

「本当は嫌ですけど、この時間に王子を返す方が不味いと思うし」

 まさかのあっさりOKに俺が逆にビビる。それだけ俺に気を許してくれているのか、それとも男と思われていないのか……まさか、誰にでもそういう事を言うわけではないよな?

「ベッドは私のベッドを使って下さい。ファ〇リーズで毎日消臭しているので、豚臭はしないはずです」

「えっ。なら、お前は何処で寝るんだ? まさか、ソファーとか言うつもりか? 女にそんなことはさせられん」

 いくらなんでも、そこまで図々しくはない。俺自身は床で寝る気でいた。元々俺はどこでも寝れるタイプだし。

「大丈夫です。私はこれを使います」

 そう言って、魔女は異界から何やら袋状のものと、青い丸いもの、更にシート、ランタンと色々取りよせた。……へ?


「何だコレは」

「簡易テントです。なんと数秒でこの通り!」

 青い丸いものから何やら取り出したかと思うと、魔法のようにそれはテントの形になった。軍事訓練で野営訓練をした事があるが、木を組むところから始まるそれは、こんな簡単ではなかったはずだ。

「そして、この断熱シートを中に敷きます。これがあるとないでは、寝心地が全然違うそうです」

「そうなのか?」

 確かに地面は固く、熱も奪うので、外で寝るのは辛い……えっ?

「そして更にこの寝袋で寝れば完璧です。じゃあ、おやすみなさい。あっ、家の戸締りはお願いしますね」


 婚約者は俺が呆然としている間に、テントの中に入ってしまった。ためらいは一切ない。

 ……ひゅるるるっと、秋風がさっきより冷たく感じるのは気のせいだろうか。

「……寝よう」

 たぶん、今何か言っても、テントの中から出てくる気がしない。俺は紳士だ。婚約者の意向に今日の所は従おう。

 ……ヘタレじゃないんだからな。


 誰に言うでもなく、俺は心の中でポツリと言い訳をすると、すごすごと彼女の部屋へと入ったのだった。

 ちなみに、彼女のベッドは俺のよりも寝心地が良く、ドキドキして寝れないんじゃないかと思っていたはずなのに、三秒で寝落ちし、朝までぐっすりだった。

 おはようの挨拶はちゃんと言えたので、一応ミッションコンプリートとしておこう。

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