26話 飛べた魔女はただの二人遊び中

 暑くて辛い夏もようやく終わりが見え、だんだん涼しくなってきた。

 とうとう豚の為にある、ご飯が美味しい季節がやってきた。なんて素晴らしい。今日もいい日だ飯が美味い。

「食欲の秋到来。異界の言葉は的確で素晴らしい」

「ちなみに夏は?」

 私のウキウキとした言葉に、王子は微妙な顔をして質問してきた。まだまだ異界の言葉は私の方がよく知っている。

「夏こそカレー」

「春」

「花よりだんご」

「……冬」

「こたつでアイス」

「何で全部食い物なんだよ! 絶対、異界のことわざじゃないよな? お前の願望だろ」

 

 王子が的確なツッコミをする。でも嘘じゃないんだけどな。ことわざではないのは確かだけど、実際に異界で使われる名文句だ。どこで聞いたかと聞かれると、あんまり覚えてないけれど。たぶん、時折異界への出入り口にもなる四角い箱が喋っていた気がする。

 特に夏こそカレーは、いつも異界のイケメンがカレールーを売る為に喋っていた。なるほど。つまり王子が、夏こそカレーと言いながら歯をキランと輝かせて、この世界で売れば、爆発的な人気を得て市民権を得る事間違いないだろう。カレーは豚に飲み物だと言わせるぐらい美味しい食べ物だが、どうにも見た目の色がかなりギョッとするものだ。異界ももしかしたら、まずは一口食べてもらう為に宣伝にイケメンを使うのかもしれない。

 何処の世界も美少女とイケメンは購買欲をUPさせる。


「いいじゃないですか、別に。美味しいは正義!」

「まあ、太らないならな」

「ちなみに異界には、馬肥ゆる秋という言葉も」

「許容範囲以上に太ったら、馬鹿肥ゆる秋と罵ってやる」

 王子の目が本気だ。うっかり王子に調教されてM豚になりたくないので、賢い私はこの辺りでお口にチャックしておく。予言の能力は持ち合わせていないけれど、罵られた上で再び恐怖のブートキャンプがやってくる未来がリアルに頭に浮かぶのだ。

 私のビフォーアフターは、巷では奇跡のダイエットと言われているとこの間、予言の魔女から来た手紙に書いてあったけれど、あれは奇跡なんかじゃない。痩せるには痩せるだけの理由がある。


「まあ過ごしやすい季節になったのはいいが、更に秋が深まったら、異界の花火ができないな。今夜やるぞ」

「えー。唐突ですね」

「昔より、種類が豊富になったと言っていただろ」

 実は子供の頃に、王子と予言の魔女と一緒に手持ち花火で遊んだことがある。予言の魔女がこれは売れると、予言なのか、直感なのか分からないがそんな感想を言っていたが、王子がそれを却下して、結局自分達で全部消費したのだ。

 確かに花火はとても綺麗で楽しいけれど、中身は火薬だ。犯罪などに使われたら、売った側まで苦情が来るだろう。今思えば、王子が止めたのは正しかったというわけだ。場所やタイミングを祭りなどに限定すれば、やってやれなくはなかっただろうけれど、私達は誰も大人に相談しなかった。だから今も、この世界に手持ち花火は存在しない。

 花火は建国祭りなどの時に城で打ちあがるものだけだ。ただし建国祭りなど、豚には関係がないからほとんど見たことがない。


「この間、異界で見た時は、煙が少ないものとか、時間が長いものとか、七色に変わるものとか色々増えてましたよ。ちょっと地味な線香花火も生き残っていました」

「線香花火、いいな。また勝負しようぜ。どっちが長くもつか」

 ……そう言えば、そんな勝負もしていたなと思い返す。

 ちなみに、一番長かったのは私だったはずだ。あの時何をかけたとかは覚えていないけれど、王子と予言の魔女が喧嘩して、「あっ」という声と共に二人同時に終わっていたのだけは覚えている。

 そして負けたことに対して、二人がまた喧嘩していた……気がする。詳細をしっかり覚えてはいないが、喧嘩していたのは間違いない。この二人、喧嘩をするのが趣味なんだろうなと思っていたぐらい、いつも言い争っていた。


「あの時のリベンジ戦だ」

 王子の言葉に、何故か苦しくなった。

 何が苦しいのだろう。そう思って……そういえば、過去を思い出すのは久々だと気が付いた。もう忘れてしまったと思っていたけれど、まだ私の中に残っていたらしい。

「リベンジ?」

「勝ち逃げなんて許さないからな。あの日で夏は終わってしまったし、線香花火もなくなったから、俺の負けで終わったけれど、今度は勝つまでやるぞ。そして、負けた方がまた来年リベンジ戦を申し出るんだ」

 それではいつまでも終わらないじゃないだろうか。

 だって必ずどちらかは負けるのだから。

「それはつまり私が負けない限り、今年の花火は終わらないって事じゃないですか」

「そういう事だ。来年は、お前から、花火のリベンジ戦を俺に申し出ろよ」

「ええー」

 相変わらず、我儘な人だ。


 本当に来年なんて信じていいのだろうか。

 食欲の秋で、どんなものだって美味しいはずなのに、今日の王子飯はほろ苦く感じた。――まあ、ちゃんと完食はしましたけど。

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